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December 2004

December 31, 2004

「迷惑なアメリカ」がまだ続く その3

 アン・コールターの『リベラルたちの背信-アメリカを誤らせた民主党の60年』(栗原百代訳、草思社)を読んだ。本書は、リベラルがいかに外交的に無能で、反アメリカで、アメリカよりもかつては共産主義、今はイスラム教徒を支持しているかという話が延々と続く。

 1940年代から50年代にかけて、マッカーシー上院議員は、アメリカ政府内部に共産党党員や支持者がいることを指摘し、自ら先頭にたって摘発した。ここで重要なのは、マッカーシー上院議員はソ連のスパイを摘発したのではない。共産党党員やその支持者と疑われる人々を摘発したのである。今日では、その摘発された人々の中には、実際にソ連のスパイがいたことがわかっている。しかしながら、そうでない人も大量にいたのだ。これは、一種の魔女狩りであった。今日では、これを「マッカーシズム」もしくは「赤狩り」と呼び、完全に間違っていたことであったとされている。

 ところが、である。コールターは、マッカーシーが調査した人物の中には、本当のスパイがいたという事実を持ち上げ、よってマッカーシーはカンペキに正しかったのだと言う。ようするに、ソ連のスパイを撲滅させるためには、国内の共産主義者やその支持者を撲滅させればいいのだという考え方である。裁かれるべきことはスパイ行為であり、個人の共産主義への見解の内容ではない。仮に共産主義を心棒していても、それは個人の思想の自由である。しかしながら、コールターは、ようするに、リベラルとは反アメリカであり、冷戦期のリベラルは共産主義の信奉者であったのだから、そう扱われても当然であると言う。マッカーシーも、コールターも共産主義を理解をする者は、みんなソ連体制の支持者であると見なすのである。

 ただし、ここで指摘しておきたいことは、マッカーシーに対するこの時のリベラルの反応も理解し難いものがあった。上記に書いたように、マッカーシーが間違っているのは、ソ連のスパイを摘発したのではなく、共産党党員やその支持者を摘発したということだ。しかしながら、マスコミはマッカーシー個人の知性や人格への誹謗中傷に明け暮れたのである。つまり、ソ連亡き今日では想像もつかないが、あの時代のアメリカでは、共産主義を信奉することのどこが間違っているのか、それは個人の自由ではないかと正々堂々と公言できなかったのであろう。だから、民主党はマッカーシーに過剰な反応をしたのではないか。それこそ、マッカーシズムを生み出した土壌なのである。

 本書は、マッカーシーは正しかったに続き、ベトナム戦争は民主党が始めておきながら、指導者が優柔不断で、あげくに「この戦争には勝てない」というマスコミの論調を作りだし、そして敗北した。最終的には南ベトナムを見捨て、最終的にはインドシナ半島は共産主義の手に落ちたと言う。アメリカが北ベトナムに強硬な態度をとらず、敗北という恥ずべき事態になったのは、民主党が反アメリカであり、共産主義を支持していたからであるというのだ。コールターはこう書いている「(民主党は)口先では「平和」を望んでいると言いつつ、現実にもたらしたのは、「再教育」収容所と政治犯と共産主義者によるヴェトナム、ラオス、カンボジアでの悲惨な大量虐殺だった。」と。そして、「共和党の大統領だったら、開戦しなかったか、すばやく勝利したかのどちらかだったであろう。」とのことだ。そりゃあそうだろう、共和党だったら、もし北ベトナムが降伏しないのならば、この地球上から北ベトナムという国が消え去るまで爆撃をしたであろう。

 そして、コールターは共和党保守のお決まりのレーガン賛美である。レーガンの強固な対ソ連政策が、アメリカの冷戦の勝利をもたらしたことは事実である。しかしながら、当時、ソ連が内部崩壊を始めていたことも事実であって、一方的にレーガンであったからソ連が崩壊したわけではない。ソ連の内部崩壊の可能性は、カーター政権の安全保障担当補佐のズビグニュー・ブレジンスキーや日本でも歴史学者の山内昌之が指摘していた。レーガンが偉大だというのならば、もしキューバ危機の時の合衆国大統領が共和党であったらどうであったろうか。世界は核戦争に突入していたであろう。レーガンの相手が、徳川幕府の崩壊は避けがたいことを知っていた徳川慶喜のようなミハイル・ゴルバチョフであったことも大きな要因である。

 ただし、ここで重要なことは、レーガンは共産主義の存在をアタマから認めなかったということだ。なぜ、認めなかったのか。共産主義は、キリスト教に反するからである。ここでは、共産主義思想を認めるか、認めないかの、二者択一しかない。それ以前の外交政策では、リアル・ポリティックスに基づくバランス・オブ・パワーが主体であったが、レーガン政権では、バランスもなにもなく、とにかく共産主義をこの世からなくすという強靱な信仰が主体になったのであった。敵であるソ連を倒すためには、この世の共産主義すべてを消滅させればいいと考えるのだ。コールターはこう書く「レーガンの神と自由への揺るぎなき信仰が、ソ連の全体主義を打倒すべしというアメリカ国民の意思を燃えたたせた。共産主義は実現不可能な経済システムであるばかりか、それ自体が悪なのだとレーガンは言った。」

 上記の論理で考えれば、ようするに、フセイン政権を倒すためには、いくらバクダッドの市民が死んでもかまわなかったのである。なんてったって、異教徒なんだから。そして、それに異議を唱えるリベラルに対して、アメリカ国民は、なぜ自衛してはいけないのかとコールターは言う。アメリカがどこをいつ攻撃するかを、アメリカ人が決めて当然ではないかと言う。なぜ、フランスやドイツの承認が必要なのか。アメリカ人が「(リベラルがいう)「人間の尊厳」やら「人権」やらの御託を並べるより、国益にもとづくアメリカの外交であってなぜいけない。」と書く。リベラルは、アメリカ国民(特に中西部の人々)に嫌われることはなんとも思わないが、ヨーロッパ人に軽蔑されると大騒ぎするという指摘には読んで笑ってしまった。そしてコールターは書く「アメリカが生き残りをかけて戦っているときに、民主党はなぜ異教徒に嫌われるのかにこだわっている。なぜ外国人がアメリカ人を嫌うのかを思い煩うより、なぜアメリカ人が民主党を嫌いはじめているかを問うことのほうが、民主党にとって有益かもしれない。」

 反米行動は愛国心のかけらもないことであり、激しい怒りをともなう愛国心が必要なのだという。この観点からすると、今の日本の北朝鮮に対する軟弱外交は、北朝鮮による日本人拉致に対する怒りだけではなく、そもそも北朝鮮の金正日政治体制および共産主義への怒りが足りないから軟弱外交になっているのだということになる。北朝鮮に対して、共産主義思想は悪であり、この世から根絶させなくてはならないという使命感が必要であるということになる。そして、そのためには必要ならば、(今の自衛隊には爆撃機はないけれど)日本軍が平壌を爆撃し、罪なき北朝鮮の人々をいくら虐殺してもそれはやむをえないことなのだと考えなくてはならないということになる。(ちなみに、今の状況で北朝鮮に経済封鎖を行うのならば、そこまで覚悟をしてやれというのならば、それは正しい。)

 百歩ゆずって、いや、100億歩ゆずって、もし仮にコールターの言うことが正しいとしよう。では、アメリカ政府のやっていることが、本当にアメリカ市民の大多数にとってよい結果をもたらすことになるのだろうか。そうした疑問は、コールターにはない。そうした疑問を持つことすら、リベラルの反アメリカ的態度、非愛国的態度、そしてかつ非キリスト教徒的態度になるのであろう。

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December 23, 2004

なぜ、若い世代の家庭に本格的な経済援助を行わないのか

 政府の少子化対策「新新エンゼルプラン」なるものがある。

 「子育て期にある30代男性の労働時間短縮や、男性の家事・育児時間を現状の2.5倍にあたる1日2時間程度に延ばすなど数値目標を導入」するという。具体的には「男性の育児・家事時間は、現状の1日平均48分を、他の先進国並みの2時間程度に延ばす」ことを目的とし、そのために有給休暇をもっととることができるようにするという。

厚生労働省の少子化対策の資料
国立社会保障・人口問題研究所の「少子化情報ページ」


 しかしながら、企業の従業員の有給休暇の使用率を高めることだけで、なにゆえ男性が家事・育児に費やす時間が増えるのであろうか。有給が増えたら、もっと遊びに行こうと思う者は少なくないと思うのであるが。

 このサイトにある資料の全部に目を通したわけではないが、そもそも、今の世の中で、子供を育てるのにどれだけのカネがかかるのかを表した資料はないように思えるのであるがどうであろうか。そのカネを得るために、労働時間を長くしている者が有給をとることを求めるのであろうか。国立社会保障・人口問題研究所の「少子化情報ページ」にある「出産を取り巻く社会の変化」の調査資料「男女共同参画社会に関する世論調査による出生数減少の理由」を見ても、一番多いのが「子どもの教育にお金がかかるから」の58.2%なのである。これを見ても、何に最も重点的に対策をしなければならないのか、わかるようなものではないかと思うのであるが。

 育児支援金のようなものを、国が子育てをする家庭に配布するとか、さらにもっと資金が必要な場合は、金利なしの融資を国から受けれるとか、教育は大学に至るまで低額の費用、あるいはいっそのこと無料にするなどといった大規模で根本的な経済的支援対策を行わない限り、なんの進展にもならない。

 しかしながら、今の日本は「受益者負担」が主流になりつつある。国は若い世代の家庭に金銭的援助をせよなどと言うものなら、保守派から「金銭収入が少ないのは、その個人、もしくはその家庭の問題であって、国が個人や家庭を援助する必要なし」という声が上がるであろう。そうした保守主義的な間違った考え方が、この社会を「勝ち組」と「負け組」に分断しているのである。今、公的な資金が本当に必要なのは、個人預金を十分に持つ老人世代ではなく、預金をすべて子育てに使い、それでも足りない若い世代の家庭なのだ。

 子供を持たない選択をする家庭もある。そうした家庭にも、なんらかの支援を行う制度も必要であろう。家庭のあり方やライフスタイルは、多種多様なのである。そして、なによりも、子供は、国の産業生産力や年金制度維持のために育てるわけではないということを国自身が表明する必要がある。ようするに、人はなんのために子供を産み、育てるのかということだ。今のこの社会は、子供を未来の生産と消費の道具としてしか見ていない。こんな世の中で、誰が子を産み育てようと思うのか。

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December 12, 2004

自衛隊は更正施設ではない

 自民党の武部勤幹事長は、犯罪凶悪化や教育現場荒廃について「暴論かもしれないが、一度自衛隊に入って、サマワみたいなところに行って、緊張感をもって地元に感謝されながら活動したら3カ月で瞬く間に(人間性が)変わるという考え方もある」と述べたという

 なんだかよくわからんが、こういった、ワカイモンを軍隊を入れて性根をたたき直せばいいという発想に、そもそも大きな問題があるような気がするのであるが。軍隊というのは、昔から「お前のような軟弱モンは、軍隊に入れて鍛え直してもらわなきゃいかん」とか言われてきた。どうもこの、軍隊で鍛えればなんとかなるみたいな考え方は、今日に至るも今だ健在のようである。

 思えば、この政治家は、サマワに行っている隊員および自衛隊そのものを、その程度の認識でしか見ていないというわけである。

(12/14 記事のタイトルの「厚生施設」は適切ではないので「更正施設」に改めました。)

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December 02, 2004

靖国神社問題は、対アメリカ問題である

 政府は皇室典範について、女性天皇を容認する方向での改正に向けた検討を行っているという。よくわからんのだが、こうしたことは即座にやるのである。こうしたこととは、現在の状況を考えると、どうも女性天皇の可能性を今から検討しなくてはならないようだ、それじゃあ今から取り組みますか、というわけである。(12月1日現在、細田博之官房長官は、そうした事実はないと否定しているようだ。

 さて、中国が例によって毎度の如く、日本国の首相の靖国神社参拝をやめろと言っているようだ。このへん、なにゆえ、中国は靖国神社参拝をそう目のカタキにするのか、今の日本国首相が靖国神社に参拝することと、先の戦争での日本の中国大陸侵略の歴史となにがどう関わるのか全然わからん。「靖国神社参拝は、日本の軍国主義の復活を促す」とか言うのならば、本気でそう思っているのかと逆にこちらが問いたいぐらいである。

 ただし、靖国神社について、日本側もはっきりさせていないところがあるのも事実だと思う。靖国神社にA級戦犯として合祀されている人、一人一人は、昭和の歴史の中でどのようなことを行ったのか。本当に「A級戦犯」として裁かれるべき人だったのか。例えば、広田弘毅や東郷茂徳や重光葵は本当に「戦犯」だったのか、誰が彼らを「戦犯」としたのか、等々を見直して考えるべきだ。しかしながら、女性天皇の容認の検討はすぐさま着手するが、東京裁判の見直しについては、戦後半世紀以上たった今日でもやる意思はないのである。

 日中戦争、しいては19世紀からの東アジアと日本の歴史について、東京や北京で、日本と中国の歴史学者を集めて、半年でも1年でもいいから徹底的に議論するプロジェクトを作るべきだと思う。日中で非難しあってもなにも進まないではないか。中国は日本に文句があるというのならば、どのような文句なのか聞いてみようではないか。日中間に共通の歴史認識などあり得ないというのではなく、共通の歴史認識をこれから作って行かなくてはならないのである。その結果、中国の言うことが正当な理のある非難ならば、それこそ日本国首相でも日本国天皇でも北京に行って謝罪しようではないか、以後一切、中国からの文句は言わせないようにしようではないか。しかし、もし不当な文句を中国は言っているのならば、中国政府にしかるべき責任をとってもらおうではないか。

 ところが、である。ここに、東京裁判の見直しをされると困る国がある。アメリカである。つまり、なぜ靖国神社の問題が片づかないのか。東京裁判の見直しをやらないからである。では、なぜ東京裁判の見直しをやらないのか。アメリカにとって好ましくないことになるからである。すなわち、靖国神社問題は、これもまた日本の対アメリカ問題だったのだ。

 いずれ女性天皇は容認されるであろう。なぜならば、それはアメリカにとってどうでもいいことだからである。アメリカにとってどうでもよくないことは、日本は独自に決めることはできない。「アメリカ様には逆らわない」「アメリカに従うのが日本の国益である」この強迫観念が戦後日本をゆがんだものにし、あるべき日中関係の障害になっているのだ。

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