« 美は乱調にあり | Main | 「迷惑なアメリカ」がまだ続く »

November 01, 2004

天からふる音

 高校の時、友人たちと、どこかの山に行ったことがある。どこの山だったのか覚えていない。夜の記憶があるので、山の中で宿泊したのだろうけど、どこに泊まったのか、これも覚えていない。でも、その時見た夜空の光景は、今でも覚えている。天には、これほど数多くの星があるのかと思った。数多くの星の光が天球を覆っていた。天の川は、ものすごく広大な星々の帯だった。その星の帯が、天球の端から端までを大きく横切っているのだ。その天頂に、巨大な白鳥が羽根を大きく広げていた。1等星デネブと二重星アルビレオを結ぶ線と、その線に直角に交わる線をひくことによって壮大な十字線ができる。その十時線の姿は、本当に天の河に飛ぶ巨大な白鳥に見えた。

 沖縄の音楽ユニットTINGARAの音楽を初めて聴いた時、高校の時に見た、あの天空の星空を飛ぶ壮大な白鳥の姿を思い出した。

 週末の30日の土曜日の夜、僕は有楽町の東京国際フォーラムで催されたTINGARAのコンサートへ行った。この日は朝からの仕事をすばやく片付け、雨の中を有楽町へと向かった。開場は18時で、1時間半前には有楽町についてしまった。そこで、駅前の三省堂書店に入る。コミックスの棚で、「アフタヌーン」で連載中の漆原友紀の『蟲師』の最新巻を発見した。雑誌では読んでいないので、新しいコミックスが早くでないかと思っていたのだ。同じく、「ネムキ」に連載の今市子の『百鬼夜行抄』の最新巻も発見。こうやって、何気なく入った本屋さんで待っていた本と出会うと楽しい。ついでに、星野之宣の『神南火』と岩明均の『ヒストリエ』を買う。こんなに買ってしまって、カバンが膨れてじゃまにならないだろうか。これからコンサートへ行くのに。しかしまあ、本は買いたい時が買う時と思っているので、ええい、ままよとレジへ向かう。カバンをぷっくらとさせて、会場へと向かう。

 東京国際フォーラムのC会場の入り口へ行ってみると、まだ開いてなさそうだったので、入り口前のカフェでコーヒーを飲みながら、さっき買った『蟲師』を読む。この作品の世界観が好きだ。読んで余韻が残る名作。しかし、いつまでも余韻にひたっているわけにもいかない。18時になったので、会場の方へ移動する。結構、それなりにもう人が集まっていた。会場の入場準備がまだということで、ロビーで待つ。こうしたコンサートとか映画館とかでは、僕は、ついつい観客はどのような人たちなのであろうかということが気になってしまう。さて、とばかりに見渡してみると年齢層は高いですね。昔、渋谷のON AIRでのりんけんバンドのコンサートに行ったことがあるけど、あの観客は場所がらか若者が多かったと思う。

 コンサートは、最初は舞台の照明演出がちょっときついかなと思った。ただでさえ、コンサート会場での演奏は音響効果が強くなるのだから、むしろもっとシンプルな演出でもいいんじゃないないかと思ったけれど、曲が進むにつれて、そういうことはどうでもよくなってTINGARAの音楽スペースに包まれていった。

 TINGARA(ティンガーラ)とは、沖縄の言葉で「天河原」つまり「天の川」を意味する。沖縄の伝統音楽をベースに、スローテンポで、南島の満天の星空から音が聴こえてくるような音楽を創っている。三線(三味線のような沖縄の楽器)とシンセサイザーと女性ボーカルが見事に調和した独自の音楽空間を編み出している。その透明な音楽は、例えばエンヤよりも、もっと奥行きがあって、そして美しく輝く豊饒な南の海のイメージを思わせる。これまでCDアルバムを5枚出していて、テレビのCMや、龍村仁監督のドキュメンタリー映画『地球交響曲 ガイアシンフォニー』で使われている。これほどのいい音楽が、なぜメジャーにならないのか不思議だ。僕の席は一階だったけれど、フロアで空いている席が結構いくつか見えた。武道館を埋めるようなコンサートはTINGARAには似合わないかもしれないので、これぐらいがいいのかもしれないけれど。

 コンサートの途中で、沖縄の版画家である名嘉睦稔(なか・ぼくねん)さんがゲスト出演する。もともと、TINGARAの3人は、ボクネンさんの展覧会で出会ったことがきっかけだったという。ボクネンさんのギャラリーで流す音楽を選んでいたが、探しても見つからないので自分たちで音楽を作曲したのがTINGARAの始まりだった。ボクネンさんは、いわばTINGARAの生まれた場所のようなもので、ボクネンさんの版画はTINGARAのCDのアルバム・デザインに使われている。この人は、版画家なのであるが、三線を持って登場。自ら、TINGARAに作詞作曲した曲を唄う。

 おもしろかったのは、その後のトークで、ボクネンさん、リハーサルの時とクールの回数が違うということで、ボクネンさんはその場で歌を唄っているということだ。即興なのである。このボクネンさんが、懐の深い、おおらかで人間味のあるいいキャラクターなのだ。ボクネンさんは日常の暮らしの中でも、口から唄が出てくるという。三線を持って歩けば、それだけもうカタカタと曲を作りながら歩くという。つまり、ボクネンさんにとって音楽とは、「音楽」というモノがそこにあるのではなく、自分の中から自然に生まれてくるものなのだ。三線一丁で、即興で唄を歌う。本来、音楽はあるシチュエーションの場で生まれ、そしてその場で消えていくものだとボクネンさんは言う。自然の風や波と同じだ。僕たちは、それをCDとかMDとかMP3とかいった永続的なパッケージの中に入れて聴いているだけなのだ。

 ボーカルのつぐみさんが「TINGARAは、ボクネンさんのような音楽をやりたい」と言っていた。会場での、TINGARAの3人の「ボクネンさん大好き」という感覚が見ていてまたいいのだ。TINGARAの音楽は、ある意味において沖縄のトラデッショナルな音楽とは離れている。バリのガムランなど、他の伝統音楽の楽器を積極的に取り入れている。シンセサイザーやドラムやパーカッションやベースなどを使って、かなり都会的に洗練した音楽創りをしている。むしろ、沖縄の伝統音楽のスタイルを保ちながら、その一方で極めて都会的な感覚があって、そのバランスがとれていることがTINGARAの音楽なのだと思う。しかし、沖縄の明るい空の下で、大地に立つ大きな樹のようなボクネンさんの音楽を理想とするTINGARAの3人は、自分たちの音楽がどこから来ているのかを明確につかんでいるのだと思う。

 TINGARAの音楽に、なぜこれほど懐かしい感覚を受けるのだろう。TINGARAの音楽には、ヒーリングというよりも、もっと活動的な力強さを感じる。単なる、心地よくなる癒しではない。コンサートで、巫女のように唄い、舞う、つぐみさんを見ていると、TINGARAは3人で音楽を創っているのではなく、ボクネンさんや沖縄の空や海や風や花や、家族や人々や、食べ物や飲み物や、神話や伝承、南洋の島々の過去と未来などといった無数のものとのつながりの中で音楽を創っていることを強く感じる。そして、彼らの音楽を聴いている時、音楽を通して自分もまたそのつながりの中に入っていく。その幸福のひとときを、TINGARAの音楽は与えてくれる。

« 美は乱調にあり | Main | 「迷惑なアメリカ」がまだ続く »

Comments

はじめまして真魚さん。早速のTBありがとうございました。

TINGARAのコンサートに行ってらっしゃったのですね。去年も同じホールで1stコンサートがあったのですが残念ながら去年は仕事で行けず、今年はリベンジ!!
やっぱり生唄はいいですね。大概、コンサートになるとCDの曲にアレンジかけたり、変に歌い手が歌詞を間延びさせたりと言う事があってがっかりする事があるのですが、TINGARAの場合は同じでした。期待通りです。

真魚さんは名嘉睦稔さんのギャラリーって行ったことありますか?
JR東京駅八重洲口側に「ボクネンズアート東京」というのがあります。一度行った事ありますが、こじんまりとしたギャラリーに大小さまざまな睦稔さんの版画絵が飾って(売って)いて、ボクネンズワールドに入ったような感じです。また、店内ミュージックにTINGARAの曲が流れていて、CDジャケットになった絵も飾ってありました。

お君ちゃんさん、こんにちわ。

良かったですよね、あのコンサート。僕もこの日は仕事があったのですが、早めに切り上げました。仕事より、こっち方が一生もんの大切さがありますよね。

僕はつぐみさんのボーカルは、エンヤの様に多重録音している部分があると思っていたんです。で、あれをどうやってライブでやるのかなと思っていたら、全然多重録音じゃなかったんですね。つぐみさんは、唄っている時は、もう神々が憑依したかのような神々しさになりますけど、曲の間はフツーの元気なお姉さんで、なんかそれが印象的でした。「そうだよね」ってうなずけるというか。TINGARAの音楽って、沖縄のローカルさを持ちながら、ものすごくオシャレというか都会的というかオトナ的なものがあって、それがコンサートで聴くとより一層感じられました。

東京駅にボクネンさんのギャラリーがあることは知りませんでした。銀座の「わした」は行ったことがあるのですが。さっそく、今度の休みに行ってみます。

真魚さん、「美は乱調にあり」のTBありがとうございました。

  >本当に天の河に飛ぶ巨大な白鳥に見えた。<

私は白鳥も天の川も見たことがありません。
ミルク色の川をいつか見てみたいものです。

robitaさん、

お返事が遅くなりました。
この季節は夜空に星がよく見える季節になってきましたので、
星を見るのもまた良いのではないかと。

真魚さま。
はじめまして。TINGARAのイシジマです。

素敵なコンサートのレビューありがとうございます。
9月21日にリリース予定のニューアルバム『風の旋律』のレビューもしていただけませんか。
先ほどトラックバックさせていただきました。

しっかりブックマークもしましたので、これからは時々お邪魔しますね。

これは、TINGARAのイシジマさんご本人からの書き込み感激です!!
先ほど、サポーターの登録をさせてもらいました。新しいアルバムを聴くのが楽しみです。レビューを書かせてください。

ここは政治やら経済やらのかなり硬派のブログですが(^_^;)、今後もよろしくお願いいたします。

Post a comment

Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.

(Not displayed with comment.)

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 天からふる音:

» TINGARAサポーター募集! [site TINGARA]
いつもTINGARAを応援していただき、どうもありがとうございます。 応援してい... [Read More]

« 美は乱調にあり | Main | 「迷惑なアメリカ」がまだ続く »

September 2022
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ