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October 22, 2004

『COYOTE』の特集「星野道夫の冒険」

 スイッチ・パブリッシングから出ている雑誌『COYOTE』創刊第2号の特集は、星野道夫。僕がこの写真家のことを知ったのは、雑誌『SWITCH』と池澤夏樹の本からだったと思う。1990年代のある時期、『SWITCH』は星野道夫や池澤夏樹や藤原新也の特集ばかりで僕の好きな雑誌だった。『SWITCH』もスイッチ・パブリッシングから出ている雑誌で、この時の編集長が新井敏記氏だった。最近の『SWITCH』はつまらないなと思っていたら、案の定、新井氏は『SWITCH』の編集長をやめた。そして、この人が今年新しく創刊した雑誌が『COYOTE』だ。

 『COYOTE』の今回の特集では、星野道夫その人の文章や写真とともに、アラスカの自宅の書斎の厖大な蔵書リストと彼が読んできた本の紹介が載っている。700冊の本のリストを見ながら、改めて星野道夫が見た世界はどんなものだったのだろうと僕は思う。

 この蔵書のリストからわかることは、彼はフィールドを旅する実践者であったと同時に、たくさんの本を読んできた読書家でもあったということだ。なにかアラスカで写真を撮っていた人というと、本を読むよりも実際の経験を重視するような冒険家タイプであるかのように思われるかもしれないが、彼はただの実践者ではなかった。

 星野道夫にとって、「見る」という行為は単なる写実的なものではなく、多様で多彩な自然や動物の風景を総合することだった。一つの風景から、その背後にある「もっと大きなもの」を感じることができた。そして、それを彼個人が「感じる」だけで終わりにするのではなく、それを写真として撮影し、文章として書いて、他者に伝えることができる人だった。そうしたことができたのは、、彼自身が書物から真摯に学ぶ人だったからだと思う。星野道夫は、本を読む人であり、旅をする人であった。書物から学び、自然から学び、そしてアラスカの先住民から学ぶことができる人だった。

 その学ぶ姿勢に、僕も学びたい。星野道夫が見ていた世界のほんの一部でもいいから自分もまた見ていきたい。しかし、そうは思っても、今すぐアラスカに行けるわけではない。日本の東京に住んでいて、コンビニや携帯電話やネットがなくては生活ができないような暮らしをしている。たくさんの機械と人間たちの中で、仕事に追われて生活している。

 だからこそ、僕はまだ見たことがないアラスカの風景のことを思う。星野道夫の写真と文章の向こうに、誰もいない氷原の夜空の上に舞うオーロラや、新春の川を渡るカリブーの群れや、冬眠から目覚めたブラックベアの親子の息遣いや、海面を跳ねる鯨の水しぶきを感じたい。生きていることも、死ぬことも、大きなつながりの連鎖の中にあることを感じたい。彼の写真や文章は、そうした思いに最も強く応えてくれるのである。

 星野道夫は、無窮の自然と僕たちの世界をつないでくれる希有の語り部だった。大きなつながりの連鎖の中から現れて、風のように生きて、誰も見たことがない自然について、たくさんのすばらしい写真と文章を僕たちに残してくれて、そしてまた大きなつながりの連鎖の中に帰っていった人だった。

「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。」星野道夫『旅をする木』

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「書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

26年ぐらい前に、北海道を貧乏旅行していたときに、
アラスカ大学に行く直前だった星野さんと偶然一緒になり
お昼を一緒に食べました。

その後、神戸に来られたときに一度、神戸をご案内しました。

その次、私が彼のことに気付いたのは電車の中で、隣の乗客の新聞がふと目に入り、「カメラマン、くまに襲われ死亡」という文字が一瞬にして何故か遠い記憶をよみがえらせたときでした。

彼が亡くなった後、彼の全ての著作と写真をみました。

同じ地球の上で、私とは全然違う経験を積み重ねていたその彼の時間を著作を通じて分け与えてもらったような感覚になるそれらの作品でした。

Posted by: naomi | October 23, 2004 05:02 PM

真魚さん、こんばんわ。

写実という言葉の意味が狭義になったのは近代からだと言う人がいます。
どんなふうに狭くなったのか、それは、目に見える三次元の「空間」や、物質的な運動の経過として感じられる一次元の「時間」だけをリアリティのある概念や感覚だと限定してしまったと。そして、近代までは、神話的な、超自然の、目に見えない世界が、現世と統合していたといいます。
星野道夫さんという方が、近代以前のリアリティの世界と、近代以降のリアリティの世界を、言ったり来たりする旅人でもあったのだと感じされられました。

哀悼

Posted by: 珍獣 | October 23, 2004 10:42 PM

naomiさん、コメントありがとうございました。

実は、これを書いた時、以前、robitaさんのところでnaomiさんが、星野道夫のこと言っておられたので、トラックバックを送ろうかなと思っていたのですが躊躇しておりました。

星野さんが大学を出られて、知床で動物写真家の助手として働いていた時期ですね。翌年に、星野さんはアラスカ大学受験の準備のためにシアトルに行きます。naomiさんが出会った星野さんは、ちょうど「星野道夫の旅」が始まる直前の星野さんだったんですね。不思議な出会いですね。

僕は星野さんは本と写真でしか知りませんが、この人の文章も写真も、どれにも共通しているのは、この人には遙か遠くの彼方からこの世界を見ているような視点があるということです。ずっと昔の、人がまだこの世に現れていない時代から、遠い未来の、人がこの世からいなくなった時代までの神話的な時空に、この人はさっと入っていける。そして、そちら側からこちら側を見る。それがこの人にとっての写真であり文章であったような気がします。

だから、こちら側の住人である僕たちが、この人の写真や文章を見たり読んだりすると、まるで神話に接しているかような気持ちになります。この人は、自分以外、人は誰もいない風景の中で、一瞬も何万年も同じであるかような時を長く過ごしていました。その体験の一部を、僕たちは彼の写真と文章を通して、彼と一緒に共感することができます。でも、僕たちはこちら側の住人ですから、そんなことをすぐに忘れてしまう。だから、時折、何度も何度も、星野さんの写真を見て文章を読みます。

自分たちが暮らしているこの世界の別の場所には、大きくて深くてゆっくりとした時の流れがあって、そこに熊やムースやカリブーやクジラが暮らしている。星野さんの写真の動物を見ていると、自分とは別の生物としての動物ではなく、なんかこう、自分もこの熊も同じこの世に生を受けて生きている、同じいきものという気持ちになります。そして、もう一方で、星野さんは、よくムースやカリブーの死骸の写真を撮っています。でも、その死骸の骨も、森の風景と一体化していて美しくさえあります。新しい命の苗床になっている。それらの写真を見ていると、生あるものとして、この熊もカリブーも自分も同じなんだということに気がつきます。

いのちは、そうした大きなつながりの中から生まれて、あるひとときを生きて、また次の新しいいのちにバトンタッチするんだということを教えてくれる(そして、それは悲しいことでも暗いことでもなくて、むしろ明るくて力強いことだと感じました)星野さんの写真と文章はとてもかけがいのないものだと思います。たくさんの人に、読んでもらいたいですね。

今週、青山ブックセンターでスライドショーがあったのですが、満員でチケットが取れませんでした。今、奥様の星野直子さんが日本にこられているようです。

Posted by: 真魚 | October 24, 2004 02:21 AM

珍獣さん、こんばんわ。

星野道夫が、近代以前のリアリティと、近代以降のリアリティを、言ったり来たりすることができたのは、彼が「狩猟する人」だったからだと思います。写真を撮るってことは、結構、狩猟とよく似ています。狩猟といっても、今の猟銃を使ったハンティングではなくて、先住民の狩猟です。星野さんの写真を見ていると、どうしてこんないいシーンが撮影できたのだろうと思うことがよくありますが(と、言いますか全部の写真がそう)、それは別に偶然そうしたシーンに出くわしたわけではなくて、この場所を彼は知っていたんですね。知っていて、そこへ行って、写真を撮った。彼は、アラスカの自然と動物を知っていたんだと思います。ある一人の写真技術のうまい人が、被写体の対象としてアラスカの自然と動物を選択しただけというわけではないということです。

狩猟民の狩猟って、謙虚に自然に学ぼうとしますよね。謙虚に自然に学び、その季節のその時期に身を置くべきところに身を置いて、あとはひたすら待つ。そこに獲物がくるか、こないかは動物の方の都合。より深く自然や動物のことを知らなければ、獲物は捕れません。だから、狩猟民の人は、ますます謙虚に自然と動物に学ぼうとします。そして獲物は自然からの恵みなので、獲った後は感謝する。これら一連の過程と、星野道夫の撮影は、意味は同じだったんじゃないかと思います。写真というものを、そうしたものとして使ったこの人は非常に希な人だったと思います。もし、写真というものがなかったのならば、この人は完全に「向こう側の人」になったまま戻ってこなかったのではないかと思います。

19世紀にフランスで写真術が誕生して、初期の頃の写真家には、こうしたタイプの写真家が何人かいて、当時まだフロンティアだったアメリカ大陸の写真を撮っています。その中で、星野さんの書斎の本にもありましたが、エドワード・カーティスという写真家のネイティブ・アメリカンの写真集は有名です。しかし、エドワード・カーティスの写真より、星野道夫の写真の方が「いのち」と「自然」の深さを感じます。

で、ですね、星野道夫は、(例の)「英雄」ですよお。旅する人であり、知恵と勇気を持った人であり、謙虚さと勇敢さを持った人です。せび、本を読んでください。著作集もでていますが、それだと文章だけになってしまいます。この人の文章もいいですが、やはり写真と文章で一体だと思った方がいいです。初めてでしたら、お勧めは、Michio's Northem Dreamsの5巻の「大いなる旅路」です。少し小さくて薄い本ですが、とてもいい本です。ゆっくり読んでください。

Posted by: 真魚 | October 24, 2004 02:41 AM

真魚さん、こんにちわ。
お勧めの、Michio's Northem Dreamsの5巻の「大いなる旅路」を読みました。ついでに、星野道夫さんのプロフィール代わりに『COYOTE』の特集号も。

19世紀半ばにフランスで撮影された写真は、絵画の世界のみならず、人の写実観にずいぶん影響を与えているようですね。とても参考になりました。調べてみると、日本に写真技術が伝わったのは、明治維新直前。それなのに、明治30年頃になっても日本文学での写実観は「写実文学とは、写真のようではなく絵画のようなものだ」と言っていて、星野道夫さんの写真のような存在をまだ認めていない状況だったようです。星野さんの写真は、それが脇に書き添えられていようがいまいが、言葉とセットになっている。だから、COYOTEの特集では彼の蔵書が丁重に紹介されるわけですね、納得してしまいました。音楽や絵画や写真といったものは、言外の様式で表現されるものだけれど、人の頭の中では拙くとも言語化せずにはいられないものなのかもしれません。これは、星野さんの言葉が拙いという意味ではありません。星野さんの短い言葉の羅列を追っていると、ふわーっと自然の空気に包まれ、生の原点に立たされます。言語化に不向きなものは、誰が書いても行間に漂う他ないのでしょう。

Posted by: 珍獣 | October 29, 2004 01:54 PM

珍獣さん、こんばんわ。

『COYOTE』も本も読んで頂いて、ありがとうございます。

19世紀のヨーロッパ文化を、映像メディアの観点から見てみるとすごくおもしろいです。ヨーロッパでは、写真は最初から絵画とは違うメディアでした。興味深いのは、1857年にナダールがパリ郊外で気球から写真撮影を行います。これは世界初の航空写真でした。つまり、「空から下界を眺める」という構図(これは、これまでは神の視点でした)がここに初めて生まれます。写真は、人間の空間とランドスケープの認識を大きく変えました。そして、それが今度は逆に絵画にも影響を与えるようになります。

星野さんの本のリストで、僕が読んだことがあるのは30冊ぐらいでした。書斎があって、薪ストーブがあるのはいいですよね。ああした家を持つのが理想です。日本では星野さんのような写真家は少ないのは、珍獣さんが言われるように、写真に対する考え方が日本と欧米では違うからだろうと僕も思います。もうひとつ星野さんが珍しいのは、この人は先住民と同じ視点で自然を見ることができたということです。これも日本の写真家では、希な人だったと思います。星野さんの自然観とよく似ているなと僕が思うのが、例えば人類学者でエッセイストだったローレンス・アイズリーと生物学者でエッセイストだったレイチェル・カーソンです。レイチェル・カーソンの本は、星野さんの本のリストにありましたね。アメリカでは、nature writtingという確立した文学の分野があるのですが、日本ではまだありません。もし、将来そうした文学が日本にも出てくるのならば、星野さんはその先駆者になると思います。

Posted by: 真魚 | October 31, 2004 12:25 AM

数日前の日経新聞の文化欄に白神山地に住む「マタギ」が書いた記事が載っていました。

そこに書かれていた「マタギ」が伝承してきたものは、星野さんがエスキモーのおばあさんから聞いた話と根本的には同じだと感じました。

ある日、おじいさんから聞いた「マタギ」という言葉の由来。
「命ある熊を殺すとき、生半可な気持ちでは殺せない。その時は鬼にならなくてはいけない。熊を殺すたびに鬼になる。又、鬼になるから、マタギなのだ。」

もし星野さんがもっと長く生きていたら、きっと日本の中に残っている「声」にも気付いて、私たちに伝えてくれたような気がします。

私が最初に見た星野さんの写真集。名前は忘れてしまいましたが、まず、写真がずらっとあって、最後の方に脚注のようにその写真をとったときの状況、想いがつづられていました。

その文を読んだとき、更に更にその写真は輝いて見えました。
私たち一般の人は、彼の写真からだけでその思いの全てをくみとれるほどには経験がないのです。

エスキモーもアイヌもインデイアンもマタギもアポリジニも
その自然に対する想い、態度、習慣、知恵・・皆、共通しています。知ればしるほど今の自分たちは何か方向がずれているように感じます。

星野さんが亡くなる少し前に息子さんが生まれ、彼はその赤ん坊の臭いを胸いっぱいに嗅ぎ、全身をなめるという文章があります。私はそこがたまらなく好きです。

「命をつなぐ」ということの本質をみたような気がしました。


Posted by: naomi | November 12, 2004 12:03 AM

基本的に食というのは、他の生命を絶つということの上に成り立っていたと思います。僕たちは、食さなければ生きていけない。ということは、他の生命を絶たなくてはならない。もうひとつ考えなくてはならないことは、この自然は人のためにだけあるわけではないということだと思います。このシンプルで基本的なことを、正面から見据えて、人は数百万年を暮らしてきた。それが、つい最近、ここ100年ぐらい前から、僕たちはそのことを考えないよう、見ないようにしてきたと思います。今の時代は、かつて僕たちはそうしたことを考えてきたということ記憶すらも忘れ去ってしまった時代なのだと思います。僕たちは、なにかを大きくて大切なもの失ってしまったことはわかるのだけども、それがなんであるのかが思い出せない。

星野さんの言われたことは、ある意味ですごく当たり前のことなんですね。世界の各地でひっそりと暮らしている未開(と僕たちが呼ぶ)の先住民族の生活では、星野さんの言われたことなど、当たり前の常識的なことなのかもしれません。彼らからすれば、あんたら、なんでそんなことで感動しているのかと不思議に思うのではないかと思います。

しかしながら、僕たちの社会では、それを当たり前の常識とは思えず、むしろ、乾いた大地に水が染みこむような感動を感じてしまう。そして、僕たちの社会は、星野さんの言葉を当たり前とする社会を「遅れている」とし、時には軍隊を送って無理矢理「自由」と「民主主義」を与えようとする。このどうしようもなく絶望的な断絶さ!!この絶望感を星野さんもまた感じられていたんじゃあないかなと思います。僕たちは、先住民族のように自然に接することができない。このことを一番よくわかっていたのは星野さんだったと思います。だから、あの人はあくまでも「自分」と自分を取り巻く「自然」を写真に撮り、文章に書いてきた。星野さんの文章は美しくて、とても神秘的なのですが、そのどこかに「自然を見る自分」という観察者の視点があるように僕は感じます。僕たちは、その「視点」があるおかげで、星野さんを通してアラスカを「見る」ことができるのですが、星野さんご自身はどう思われていたのだろうかと僕は思います。

星野さんの本をずっと読んでいくと、先住民の語り部と出会い、ワタリガラスの神話世界に入っていくあたりから僕たちには「見えなくなる」んですね。おそらく、星野さんは写真や文章とは違う方法でアラスカに接しようとし始めたのではないかと思います。ここで、あの人は写真家・作家星野道夫ではなくなる。そして、次に僕たちに見る星野さんは、あの事故に遭遇された星野さんになる。なにかが新しく生まれる時の唐突の停止。

僕は、写真家・作家星野道夫よりも、クリンギット・インディアンのボブ・サムと一緒にワタリガラスの神話世界に向かっていった魂の旅人のような星野さんにすごくひかれます。おそらく、これからが僕たちが知るべき本当の星野さんだったと僕は思います。もし、あの出来事がなければ、今頃はワタリガラスの神話の魂の旅からひとまず帰ってきていたかもしれません。僕は、この人と会いたかった。会って、いろいろ教わりたかった。

Posted by: 真魚 | November 13, 2004 03:20 AM

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