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September 20, 2004

テロとの戦いは戦争ではない その2

 イラクに大量破壊兵器は存在していなかったことは、ほぼ確定したと言えるだろう。これに対して、ブッシュは"Knowing what I know today, I would have made the same decision," 「もし今日知ったこと(イラクには大量破壊兵器はなかったということ)を(イラク戦争前に)知っていたとしても、私は(イラクに軍隊を送るという)同じ決定を下したであろう。」と言う。なぜそうなのか。その理由は"Saddam Hussein had the capability of making weapons, and he could have passed that capability on to the enemy, and that is a risk we could not afford to take after Sept. 11, 2001."「サダム・フセインは大量破壊兵器を製造する能力を持っていたし、彼はそれを(アメリカの)敵に渡すこともできた。それこそ、我々が9.11以後で容認することができない危険だったのだ。」

 もはや、このコトバだけでも、イラク戦争は間違っているということは中学生にだってわかるであろう。「大量破壊兵器を製造できる能力がある」「それをテロリストに渡す可能性がある」というのならば、そんな国はこの世界には数多く存在する。こんな理由で戦争ができるというのならば、もはや世界には法も秩序もない。

 しかし、である。(ここで、「しかし」を100回ぐらい繰り返したいほど、以下は重要なことだ)だから、ブッシュ政権はバカですね、ザッツオール、で話は終わらないのだ。僕たちが考えなくてはならないことは、ブッシュがいかにアホかということではなく、なぜこんな理由でもアメリカは戦争ができてしまうのかということなのだ。少なくとも、アメリカがイラク戦争を行うことは、(ジョン・ケリーも含めて)連邦議会は承認した。マスコミも認めていた。つまり、なにか本質的な部分で、アメリカという国は、ものすごく間違っている理由なんだけど、それでも戦争を始めるという傾向なり性質みたいなものを持っているのではないか。

 そこで、前回に引き続き、今回はいよいよChalmers Johnsonの最新作"The Sorrows of Empire"(日本語版『アメリカ帝国の悲劇』)を紹介したい。

 僕がアメリカの歴史や政治思想に関心をもったのは、なにゆえアメリカはこんな軍事国家になってしまったのかという問いかけだった。もともと、アメリカはこうした国ではなかった。もともと、というのは、10年や20年前のアメリカではなく、建国時代のアメリカのことだ。今でこそ、アメリカは世界最強国家として人類社会に君臨しているが、もともとはイギリスが北米大陸にもっていた13の植民地だった。1754年のフランス・インディアン戦争以後、イギリスがこの13植民地への政策を変えなかったら、もしかしたらずーとそのままイギリスの植民地のままだったかもしれなかった。独立戦争で、もしフランスの援助がなかったら、独立戦争はただの「13植民地の反乱事件」で終わったかもしれない。それほど、独立当時のアメリカはちっぽけな弱小国家だった。

 それが、2世紀後、かくもこのような世界帝国に変貌するとは誰が予測しえたであろうか。フランスの政治思想家アレクシス・ド・トクヴィルが、建国後まもないアメリカを旅行し、アメリカが未来に大きく発展することを予測しているが、まさかこうした帝国になるとはトクヴィルは思わなかったであろう。ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェフアーソン、ジョン・アダムスらといった建国の父たちですら、こうしたアメリカになるとは思ってもいなかったし、また望んでもいなかったであろう。

 では、いつ、どのようにして、アメリカはこんな国になってしまったのか。

 Chalmers Johnsonの『アメリカ帝国への報復』によれば、それは1898年の米西戦争に始まる。米西戦争というのは、キューバをめぐるアメリカとスペインの戦争である。当時、キューバはスペインの植民地であった。このキューバのハバナ湾に停泊中だったアメリカ海軍のUSSメインが1898年2月15日の夜に謎の爆発により沈没する。メイン号は、キューバ内部の反スペイン活動への支援のためにハバナを訪れていたのであった。海軍次官のセオドア・ルーズベルトは「これはきたないスペインの陰謀である」と宣言する。ウィリアム・ランドルフ・ハーストの新聞とジョン・ピューリッツァーの記事は戦争を煽り、国民の愛国熱をかけたて、反スペイン感情を高めた。連邦議会はスペインへの宣戦を布告した。

 この2月15日のUSSメインの爆破事件は、後の公式調査によって、機雷と思われる外部での爆発が戦艦の火薬庫の爆弾を誘爆したという結論になっている。スペインは関係なかった。

 このように、ここでアメリカ史で初めて以下のパターンが発生した。

(1)反アメリカ的意図が感じられる事件が起こる。
(2)政府がそれはドコドコの国のせいだと発表する。
(そうすることで国民からの支持が高まる。)
------>政治家はこれが目的
(3)マスコミが国民の戦争熱を煽り、愛国心をかきたてる。
(そうした記事の方がよく売れるので発行部数が上昇する。会社は儲かる。)
------>マスコミはこれが目的
(4)国民の雰囲気に押されて議会は戦争を承認し、宣戦を布告する。
(とりあえず、憲法では大統領は宣戦布告できないので、これは必要。)
そして、
(5)戦争が終わったら、公式調査でそんな事実はなかったと発表する。
(それじゃあ、なんで戦争したのかということになるが、そうやって過去のことをほじくるのは一部のリベラルだけ。やっちまったもん勝ちなんで、過去のことはどうでもいい。)

 このパターンは、後の太平洋戦争(ただし日本軍が奇襲したのは事実)、ベトナム戦争、イラク戦争にも見られるお決まりのパターンである。

 米西戦争の勝利により、キューバの独立は成立したが、グワンタナモ湾に海軍基地を作り、キューバの内政に干渉する権利をアメリカが持つことをキューバに認めさせた。またこの勝利により、アメリカは太平洋のフィリピン諸島とグアムを領土とした。

 もともと、アメリカの伝統的政治思想では、不必要な常備軍は持たないというものであった。なぜか。外国での戦争なんかしっこないと考えていたのだ。それに大規模な軍隊を持つことはカネがかかる。そんなカネがかかることはやらない、というのが建国時代からアメリカの方針だった。このへん、戦後日本の平和憲法の考え方とよく似ている。つまり、日本国憲法の平和主義は、米西戦争以前の古き良きアメリカの理念を受け継いでいたのである。

 建国の父たちは、いつの日かアメリカにも自分たちが否定したヨーロッパの専政国家のような巨大な国軍と官僚機構を持つようにあることを恐れていた。だからこそ、彼らは外国での戦争を望まなかった。外国での戦争をするようになれば、アメリカ軍や官僚機構の費用をまかなうために連邦税が増加する。政治権力は州政府から連邦政府に移り、さらに連邦議会から大統領に権力が集中するようになる。巨大な官僚機構が国民を監視し、個人の自由を侵害するのである。アメリカ憲法の起草者の一人James Madisonはこう書いている。

"Of all enemies to public liberty, war is, perhaps, the most to be dreaded, because it comprises and develops the germ of every other. War is the parent of armies; from these proceed debts and taxes; and armies, and debts, and taxes are the known instruments for bringing the many under the domination of the few."
(民衆の自由にとって、一番の敵は戦争である。戦争は、最も恐れなければならない。なぜならば、それは、それ以外の兆しを含み、成長していくからだ。戦争は軍隊をもたらす。そこから負債と税金が生まれる。そして、軍隊と負債と税金は少数派が多数派を法的に支配するための常套手段である。)

 軍隊というのものは、市民の税金を湯水の如く使いまくり、しかも、その内容を議会に報告しなくていい。軍事機密の名のもとで、なんでも隠せるのだ。つまり、軍隊は連邦政府の機関でありながら、連邦議会とアメリカ市民の管理外の存在なのである。しかも、軍隊は市民の電話やFAXや電子メールを傍受できる。合衆国市民でなくても、旅行者でも移民でも、告発なしで軍刑務所に投獄できる。これらがどうして許されるのであろうか。これらはすべて「テロとの戦いのため」という題目で通ってしまうのである。

 さらに、外国にある基地では治外法権が保証されている。先日の沖縄でのヘリコプター墜落事件は、劣化ウラン弾を積んでいたようであるという情報があるが、アメリカ軍はそれを否定している。しかし、なんらかの放射性物質を搭載していた可能性は依然としてある。それがなんであったのかは公表しない。日本政府に調査はさせないのである。

 何度も協調したい。戦争を行うということは、合衆国の建国の理念に反する行為なのである。しかしながら、19世紀末から今日に至るまで、アメリカ政府はこれを無視し続け、軍事機構を増強し、軍国主義を容認し続けてきた。そして、もっかのところ、建国の理念を汚しているのは、歴史と伝統を重んじるという保守主義の共和党なのだからお笑いである。そもそも、軍事の巨大化は「小さな政府」を求めるという共和党保守の方針とまったく矛盾する。ようするに、今の共和党政権は正しい保守主義ではないことは明白である。

 1899年、ウィリアム・マッキンリー大統領は、エリヒュー・ルートを陸軍長官に任命した。このルート陸軍長官が、ドイツ軍の参謀本部システムを学び、アメリカ軍に参謀本部が初めて設立される。さらに、ルートは陸軍大学を創設する。この時代以後、建国の父たちが目指していたものから、アメリカは大きく離れていった。


その3へ続く。

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