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September 04, 2004

今のアメリカはベトナム戦争の教訓に学んでいるだろうか?

 ロバート・マクナマラのことを知ったのは、デイビッド・ハルバースタム の『ベスト&ブライテスト』を読んだ時だったと思う。マクナマラは、ケネディとジョンソン政権での国防長官だった。ハ-バード大学のビジネススクールを卒業し、軍隊に入隊し、太平洋戦争での日本本土への爆撃作戦計画に関わる。戦後、フォード社に入社。財務データ分析に基づく科学的・論理的な経営によりフォード社のトップになる。さらに、その合理的な経営手法が高く評価され、ケネディ政権の国防長官へと抜擢される。彼の手法は、政策目的を達成するために費用対効果を論理的に分析し、それに基づき実行計画を立案し予算配分するというものだ。今日では組織運営の当然の手法であるが、1960年代当時は斬新な手法だった。

 国防長官として、米ソの核戦争の一歩手前まで行った1962年10月のキューバ危機を乗り越え、ベトナムからの軍事顧問団の全面撤退を考えていたケネディの下でベトナム問題に取り組んでいた彼のエリート中のエリートの人生は、1963年のケネディの暗殺によって大きく変わる。副大統領のジョンソンが大統領に就任し、ジョンソン政権でアメリカはベトナム戦争への本格的介入の泥沼に落ち込むことになるのである。

 1964年8月2日 CIAの秘密作戦により北ベトナム軍の基地、補給路への攻撃やレーダー網の攪乱のために、アメリカ海軍はトンキン湾公海上に駆逐艦「USSマドックス」を配置した。しかし、北ベトナム軍魚雷艇3隻が「USSマドックス」に魚雷攻撃を加える。4日にも同様の魚雷攻撃を受けたことで、連邦議会は宣戦布告である「トンキン湾決議」を採択し、ジョンソン大統領は報復攻撃を行うことを決定する。ここにベトナム戦争が始まる。

 国防長官マクナマラに与えられた課題は、いかにアメリカ側の被害を少なくし、北ベトナム側の被害を最大にするかということだった。彼は戦争を数値データで捉えた。ベトコンに対する作戦は、従来の戦況分析のパターンが通用しない。そこで彼は軍事作戦をマネジメントするために、敵と味方の死傷者数の比率を計算し、そこから作戦の効用を判断する手法を確立した。マクナマラは、この時代のアメリカ合理主義の代表的人物であったと言えるだろう。少なくとも作戦の面では、ベトナム戦争はマクナマラと北ベトナムとの戦争であった。しかしながら、彼がどんなに合理的思考の持ち主であり、彼の作戦はどんなに計算上正しいものであったとしても、実際のベトナム戦争は陰惨たるものだった。ベトナム戦争は、アメリカの敗北で終わる。彼は1968年に国防長官を辞任する。その後、1981年まで世界銀行の総裁を務めた。

 もはや、彼は齢80末の老人である。

 ところがだ。ある意味において、この人物がすごいところは、彼は人生の終わりを迎えるにあたって、残りの人生のすべてを、前半生への後悔と自分が犯した誤りを防ぐためにはどうしたらいいのかを問い続けることに費やそうとしていることだ。これを誰に課せられたわけでもなく、彼自身で自分でやっているということだ。

 普通、人はこうした人生を選択しない。マクナマラは、軍人や経営者といういわば専門職のエリートとして人生を歩み、国防長官としてケネディとジョンソン政権で働き、その後、世界銀行の総裁になったというエリートの人生を送った人である。国防長官在任中の出来事であったキューバ危機もベトナム戦争も、彼一人が起こしたものではない。いわば歴史の中の一こまだった。彼は国防長官としての職務を全うしただけだと言ってもいい。

 人は全能ではない。その時、その場で、知りうる情報には制限がある以上、どうしても判断ミスや間違った行動が発生してしまう。「なぜあの時、ああした判断をしたのか」と他人から問われても、「あの時はそうするのが正しいと思った」と答えても誰も非難はできないであろう。あとは、ハッピーリタイアした残りの人生の楽しく過ごし、どこぞの大企業とか有名シンクタンクとか名門大学とかの名誉顧問とかになって、あるいはボランティア活動でもしながら、幸福な一生だった、自分は精一杯仕事をしてきた、自分の人生に悔いはなかったと思いながら家族と一緒に晩年を過ごすというのがエリートと呼ばれる人々の人生だろう。

 しかしながら、この老人はそうは思わないのである。本気で、ベトナム戦争はなぜ起こったのかと一人で歴史に向かって問いかけるのだ。彼は1995年に『回想録』を書き、その中で「ベトナム戦争は間違っていた」と書く。さらに同年、4月に『回想録』が出版された後、12月にハノイへ行き、ベトナム戦争当時北ベトナム軍の最高司令官で国防相だったホー・グエン・サップに面会を求め、「1964年8月4日の攻撃はあったのか」と尋ねた。すると、「8月4日の攻撃などなかった」という返事であった。つまり、1964年8月4日にアメリカは北ベトナムの攻撃を受けた、だからアメリカは報復行動に出たというベトナム戦争の始まりは、そもそもアメリカのでっち上げだったのである(しかし、それを当時国防長官が知らなかったというのもなんであるのだが)。帰国後、彼はすぐさま『回想録』を改訂し。その事実を記入したことは言うまでもない。

 さらにだ。さらにこの老人は、なんと、ベトナム戦争当時の何人かのアメリカとベトナムの双方の政府の要職にあった者、軍人、国際関係論研究者、歴史学者を集めて、ベトナムのハノイで共同討議を行うプロジェクトを企画し、実現させるのである。自分が過去に犯した誤りを歴史の闇から引きずり出し、無理矢理にでも公にして徹底的に検証し、二度と間違いをくりかえさないようにしたいというこの意思は、どことなく戦争の現場を見ずに、数値データを基に論理的な作戦プランを立案していたスタイルを思わせる。つまり、この人物はリタイアした老人になっても、良くも悪くもこうした人なのだ。この人はあくまでも客観的分析の知性の人であり、しかしその誤りの責任は責任として受けいれるという倫理の人なのである。

 この共同討議の様子は、日本でもNHKが放送していた。後に、マクナマラはこの共同討議の内容を本にしている。この本の原題は"Argument Without End"である。終わりがない論争。実際のところ、戦争に関わった双方の当事者が顔を合わせて、当時のことを話しあっても明確な結論が出る結果にはならない。ただ双方の終わらない議論が続くだけになる。

 なぜならば、アメリカとベトナムの双方の「ものの見方」が違うからだ。アメリカはベトナムのことを知らなかったし、知ろうともしなかった。アメリカは、東南アジアでの共産主義の勢力拡大を阻止するために南ベトナムという国家を樹立した。そして、アメリカに協力する国家建設のためにゴ・ジン・ジエムという指導者を作り、傀儡政権を作った。それらは、すべて東南アジアでの問題を解決させるために行ったことであったが、結果としてその「解決策」が新しい問題を生み出してしまったとマクナマラは書く。

 ようするに、我々はあまりにも無知だった。愚者であった。そのために、アメリカとベトナムの無数の者たちが死んでいった。その若き日に、ケネディの「ベスト&ブライテスト」の一員だった男が人生の晩年に得た結論がそれだった。だからこそ、もう二度と繰り返してはならないのだ、と。

 今年2004年のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞した『フォッグ・オブ・ウォー』は、マクナマラが自分の人生の回想とともに、いかにアメリカがベトナム戦争で間違っていたかを語るドキュメンタリー映画だ。『華氏911』以上に、もっとラディカルにアメリカの戦争と外交に疑問を投げかける。東京では、9月11日(!)からヴァージンシネマズ六本木ヒルズで上映開始。

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Comments

読みました。
読みながら、マクナマラ氏は「残りの人生を楽しく過ごす」より、単に、「こういう作業のほうが好き」なんじゃないか、と思ったので、
真魚さんの
 >どことなく戦争の現場を見ずに、数値データを基に論理的な作戦プランを立案するスタイルを思わせる。つまり、この人物はリタイヤした老人になっても、良くも悪くもこうした人なのだ。<

というコメントに共感しました。

Posted by: robita_48 | September 06, 2004 at 01:20 PM

僕はマクナマラ氏の人生を見ていると、まるでシェイクスピア劇を見ているような気持ちになるんです。

マクナマラ氏の本を読んでみても、この人は歴史学者じゃないですから、熱意はわかるのですが、ちょっと的はずれのところがあるんです。ベトナム戦争はなぜ起こったのかと、わざわざベトナムまで行ってベトナム人に聞くのですが、その聞く内容がどこかアメリカ中心主義が抜けていない。なんかこー、ベトナムの側の視点や気持ちを理解していないところがある。だから、全然「会話」にならないんです。終わりなき議論になってしまっている。でも、当のマクナマラ氏は真剣なわけです。別になにかベトナム人を見下そうという意識はまったくない。本当に心の底から「自分はなにを間違ったのか」を真摯に問いただそうとしている。しかし、だからこそ、マクナマラ氏が真剣であればあるほど、端から見て「ああっ、この人はわかっていないのだな」と思ってしまいます。

マクナマラ氏の晩年の人生を見ていると、いわば学校勉強の秀才君が、自分はどこで計算間違いをしたのだろうかと、机に向かってノートをチェックしている姿を思い浮かべます。本当の間違いは、そんな机に向かってノートを広げているだけじゃあ見つからないのに。この人は老人になった今でも机に向かってノートを広げているんです。きっと、人生の最後の日までこの人は机に向かい続けていると思います。

ただ、僕はそんなマクナマラ氏を笑ったり、非難したりする気はまったくないんです。マクナマラ氏は、こういう不器用な生き方しかできないんです。そして、大なり小なり、僕も含めた誰もが自分の中にマクナマラ氏がいると思います。やっている当の本人は一生懸命やっているのだけど、端から見るとまったく見当はずれのことをやっている。ちょっと見方や方法を変えれば、求めるものを手に得ることができるのに、永遠にそのことに気がつかない。

Posted by: 真魚 | September 07, 2004 at 01:57 AM

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