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August 16, 2004

靖国神社へ行きました

 今年も15日に靖国神社へ行ってきた。例年通り、九段下の地下鉄の駅を出ると。そこは老人と右翼のお兄さん方と警視庁の機動隊のみなさんばかりの光景になる。

 このお年寄りの方々を見ていると、ほとんどの人が徴兵で戦争に行った方々であるような感じがする。このへん、調査データがあるわけではないのだが、8月15日に靖国神社に集まってくる老人たちの多くは、職業として軍隊を選択して、士官学校を出た将校ではなかったと思う。この人々は、階級が下士官か兵だったと思う。大学生の学徒出陣ではなく、フツーの一般人が徴兵で招集されたのならば必然的にそうなる。軍隊の組織は、ピラミッド型の階級構造になっているため下士官と兵の数が圧倒的に多い。だから、今でも存命されている方々も、下士官や兵だった人が多いのは当然であろう。

 靖国神社に祀られている側は、階級の区別はない。将官もいる、兵もいる。しかし、靖国神社はそもそもこうした下士官と兵のための神社なのだと思う。もちろん無能な将官や指揮官では困るが、実質的に軍隊を支えているのは下士官と兵である。実際に戦場で戦うのは、軍隊組織のピラミッドの底辺なのだ。こうした人々の人生とともに靖国神社はある。靖国神社はイカンとか、別に無宗教の施設を作ればいいという意見は、これらの人々の人生に向かって「あんたの人生は間違いだった」と言うことになる。若い頃、好きでもない軍隊に天皇の命令ということで招集されて、戦場で戦い、戦争が終わったら、「あんたの人生は間違いだった」と言われるということになる。とてもではないが、私にはそんなことは言えない。

 靖国神社は大東亜戦争の肯定をしている、だから、靖国神社に参拝するという宗教行為は大東亜戦争を肯定していることになるという意見には私は同意しない。靖国神社が大東亜戦争は「正しかった」とするのは神社の立場上当然であって、歴史学的観点から「正しかった」と言っているわけではない。また、靖国神社に参拝するという行為は、大東亜戦争を肯定することにはならない。神社の主張と参拝する個人の内面は別のものである。例えば、神社に参拝することが、日本神道の教義・世界観に同意することにはならない。

 ただ、僕自身はいつもそうなのだが、僕の場合は、神社へ行っても境内の中でぼおおっと突っ立っているだけで、いわゆる参拝という行為をしない。これは別に靖国神社だからというわけではなく、どこでもそうだ。神社とは、その神社全体の空間に意味があって、社殿そのものに意味があるわけではないと考えるからだ。もともと、古神道の神社には社殿はなかった。山そのものや巨石や巨木を社殿としていた。自然の森羅万象にカミを感じるのが神道だった。だたし、靖国神社は明治以後の国家神道の神社であり、その意味で本来の日本神道とは違う部分がある。それを思うと、境内でただぼおおおっと突っ立っていることは、靖国神社の「正しいお参りの仕方」ではないなと思うが、まあいいや。

 正午になると、靖国神社の道向かいの日本武道館で行われている政府の全国戦没者追悼式での天皇の「おことば」が靖国神社の境内でも流れる。どうもここ(靖国神社)では、今の天皇は「皇太子」であって、天皇というと昭和天皇のことをイメージしてしまう。広島・長崎の「原爆の日」と同じく、ここも昭和20年の8月15日で時間が止まっている。

 靖国神社にはA級戦犯が合祀されている。だからイカンという意見があるが、僕はこれにも同意しない。「A級戦犯」を選別したのは、東京裁判の検察であって、今の視点から見れば「戦犯」とするのは正しくない人物も少なくない。例えば、東条英機や板垣征四郎を「戦犯」とするのは仮に正しいとしても、広田弘毅や東郷茂徳を「戦犯」呼ばわりするのはどう考えてもおかしい。靖国神社にはA級戦犯が合祀されているから宜しくないという人は、誰がどのような理由で「A級戦犯」になっているのか、それを踏まえた上で言っているのだろうか。そもそも、東条や板垣でさえ「戦犯」なのかというと、かなり疑問がある。少なくとも、広田や東郷も靖国神社にA級戦犯として合祀されているが、彼らを戦争犯罪者と呼ぶのは間違っている。つまり、靖国神社のA級戦犯合祀問題というのは、その前提となる誰がどのような理由で「戦犯」になっているのかということへの着目がないため、ひたすら不毛な議論になっている。

 自衛官の戦死者は、現在のまでのところいない。仮に戦死者が出ても、もはや靖国神社には祀らない。だとすると、従軍体験者や遺族の方々もやがて世の中からいなくなる。あの戦争で死んでいった者たちの意味はなんであるのかということは、終戦の時からずっと問題だった。しかし、「問題だった」というのも、あの戦争を体験した世代がいるからであり、そうした世代がいなくなれば、その「問題だった」も消えてなくなる。戦争の記憶が風化していくことは避けられない。靖国神社もまた歴史の流れの中で、やがてたんなる歴史的場所になるだろう。

 むしろ問題になるのは、これからの日本のナショナリズムのあり方だ。当然のことながら、靖国神社はその歴史的役割を終えたのであって、21世紀の日本と日本人の面倒までは見てくれない。そこを無理矢理、面倒を見させようとしても無理があるのでそのうち破綻する。靖国神社に頼ることはやめよう。我々は、我々で考えていくしかない。

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