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August 28, 2004

マイケル・ムーアへの反論について

 マイケル・ムーアの『華氏911』について保守主義のコラムニストのChristopher Hitchensが反論している。この映画に対する保守主義者の反論とは、たいてい「これはドキュメンタリーではない」「政治的プロパガンダだ」「偏っている」「事実ではない」等の内容になる。Hitchensのも同様のもので、よくある反ムーア論になっている。

 おもしろいのは(おもしろいと言っては不謹慎だな)保守主義者の反ムーア論は論点が合っていないということだ。例えば、『華氏911』は、平和なイラクの子供たちの日常の姿の映像の次に、アメリカ軍によるバクダット空爆の映像が出る。これは正しくない、サダム・フセインがいかに民衆を虐待したかの映像も出さなくてはならないという。しかし、アメリカのメディアでは、アメリカ軍の攻撃によるイラクの民衆の被害をまったく映像に出さない報道がほとんどすべてある以上、それらもまた「偏っている」ことになる。アメリカが行ったことは、フォーマルに言えば、テロリストを援助し、イラク民衆の自由を弾圧するフセイン体制を倒すことであっただろうが、結果的に無邪気に遊ぶイラクの子供たちの頭上に爆弾を落としたことになるというのは紛れもない事実である。

 報道の客観性という虚構を観客に押しつけるよりも、編集者の演出意図をストレートに観客に伝える手法もありうる。視点というのは、そもそも「偏っている」ものなのである。これまで映像を操作するのはメディア側だった。大衆はメディアの流す報道をただ受け入れるしかなかった。しかし、ここにメディアとは違う観点で、自分で映像を編集して映画館で上演して人々に見せる太った男が出てきた。映画というものは、実は極めて政治的な道具であり、ハリウッドの娯楽映画のことだけを意味するのではないことに気がつかせてくれた。『華氏911』は、これまでアメリカのメディアが伝えてこなかったイラク戦争への「もうひとつの異なる視点」を観客に与えるものだ。大衆の、自分たちの政府や自分たちが今いる社会体制への健全な懐疑心こそ、アメリカの草の根民主主義の基本中の基本である。

 僕がイラク戦争賛成派の人々の主張で一番わからないのが、「イラクの無実の民衆を殺戮するのはやめろ」という意見に対して、彼らは「フセインが行ったイラクの民衆への虐待はほおっていてもよかったのか」と言うことだ。つまり、イラク戦争には大義がある。なぜならば、あの悪逆非道のサダム・フセインを倒すことだできたからだという。ここのロジックがよくわからん。なぜ「民衆を殺すこと」は「フセイン政権を倒すこと」なんだから良いことになるのかがわからない。ようするに、「民衆を殺すことは、フセイン政権を倒すためにやむを得なかった」ということなのだろう。

 彼らは「9月11日の同時多発テロでもアメリカの罪なき人々が殺された」と言うが、だから「イラク人を殺していい」ということには当然ならない(ましてや、イラク人はアルカイダとは関係ない)。大体、同時多発テロの報復と称して、アフガニスタンを空爆したということ自体に、もはや正常な思考ではない。

 マイケル・ムーアは、サダム・フセインの政権がいいと言っているわけではない。イラクの罪なき人々を殺すのはやめろ、アメリカの一部の特権階級のために低所得者層の若者がイラクで死ぬのはやめろと言っているのだ。言いたいことはこれだけなのに、なぜか保守主義の人々は「では、フセイン政権が存続してよかったのか」という話に論点がすり替わる。もはや大量破壊兵器もアルカイダとの関係も見つからなくなった今、中近東からフセイン政権を排除できたことが保守主義者の唯一のイラク戦争の大義になっている。「フセイン政権が存続してよかったのか」と言えば、「よくない」と答えるしかない。しかしながら、「だから、(イラクの子供たちを殺して)良い」とは言えないはずだ。この1点を保守主義者は巧みにそらすのである。

 では、なぜ保守主義はそうするのか。実は保守主義者も、戦争の被害にみまわれるイラク民衆の姿を見て、「これでいい」と本心では思っていないのだと思う(そう思っている者もいるだろうけど)。しかしながら、だからイラク戦争を反対するということができない。保守主義の思想的基点に、愛国心や共同体の価値観の尊重というものがある。アメリカの行動は正しいという価値基準があるためイラク戦争を批判することができない。『華氏911』は、この保守主義の矛盾もしくはジレンマに触れたために猛反発を喰らうことになったのだと思う。保守主義は、自国の利益のためには他国の人間の生命を否定しても良いのかという命題に答えていない。キリスト教の倫理から見れば、人の命にアメリカ人もイラク人もないはずだ。自国民の命については過剰な程の関心を持つが、他国人の命に対してはそれほど関心を持たないというのは、ある種の歪んだ世界観だ。

 30日にニューヨークで開かれる共和党大会に、30万人の「反ブッシュ」を掲げる市民や団体が全米から集まるという。今のアメリカの政治の歪んだ世界観に対するアメリカ民衆の健全な姿だ。

(アメリカの保守主義にもいろいろある。上記で言う「保守主義」とは、いわゆるNeo-conservativeのことであって、それとは違う考え方をする保守主義もある。Neo-conservativeは、アメリカの保守主義思想の中でいわば亜流であり、これを本当に「アメリカ保守主義」と呼んでいいのかというと疑問がなくもない。)

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Comments

このサイトは結構公平にアンチサイトとしては公平に扱っていると思われますが、いかがでしょうか?

http://www.davekopel.org/Terror/Fiftysix-Deceits-in-Fahrenheit-911.htm

元NY市長コッチ氏(民主党)の発言はすごいですね。

Edward Koch, the former Democratic Mayor of New York City, writes:

A year after 9/11, I was part of a panel discussion on BBC-TV’s "Question Time" show which aired live in the United Kingdom. A portion of my commentary at that time follows:

"One of the panelists was Michael Moore…During the warm-up before the studio audience, Moore said something along the lines of "I don’t know why we are making so much of an act of terror. It is three times more likely that you will be struck by lightning than die from an act of terror."…I mention this exchange because it was not televised, occurring as it did before the show went live. It shows where he was coming from long before he produced "Fahrenheit 9/11."


マイク

Posted by: マイク | September 10, 2004 at 01:49 PM

Mike,

ブッシュ政権には数多くの問題があるとして(僕は実際にあると思っているけど)、『華氏911』は、それらブッシュ政権の問題点を「正しく」観客に伝えようとしているかということだと思う。この場合、「正しく」というのがどういう意味で「正しく」なのかということが重要だ。それは次の2点の観点から考えなくてはならない。

まず1点、本とか新聞とかを読まない人々に、いかに政治的な物事、社会の物事についての関心を持たせることができるかどうかということだ。この点においてムーアは成功している。日本でも、小林よしのりの政治マンガの『ゴーマニズム宣言』は読む若者は多い。彼らはむずかしい本は読まないが、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』から社会や政治に関心を持って、そこからだんだんと本を読む者も多い。もちろん、ムーアの映画も小林よしのりのマンガにも内容には正しくない部分が多い。それでも、政治に関心がない者に関心を与えたということで僕はいいと思っている。小林よしのりのマンガについては、僕はあのマンガを読むだけではなく、さらに本を読んで自分で考えなさいと何度も言っている。ムーアの映画も同じ。マンガも映画ももともと作為的(artificial; contrived;intentional; deliberate)なものであり、作為的なものに向かって「これは作為的である」と言うのは無意味だ。

2点目として、本とか新聞とか読む人々にとってムーアの映画は「正しい」のかというと正しくない。ブッシュ政権には数多くの問題があるのは事実であっても、ではなにが問題で、なにが問題ではないのか。なにが推測で、なにが推測ではないのかを理解する必要がある。ここでは「映画は作為的だからなにを言っていてもいい」という主張は成り立たない。ただし、Christopher Hitchensのような、いかにも保守主義者の思想的偏りがあるムーア批判はダメ。ムーアの映画のひとつひとつの事実を検証するようなムーア批判が良い。それはこれから多く出てくると思うし、僕もこれからこのことについて書こうと思っている。

それから、先日僕が紹介した"Michael Moore Is A Big Fat Stupid White Man"の日本語訳の本が出版された。でも、この本はムーアの映画の問題点を指摘するのはいいけど、ムーアはうそつき、だからブッシュ政権に間違いないという結論の内容なので良くない。

Posted by: 真魚 | September 12, 2004 at 04:43 AM

Ends justifies the meansってことですか? ブッシュ政権への批判が本とか新聞を読まない人に… 現代ではテレビがKingですよ!逆に、本とか新聞を読まない人にブッシュ政権がなぜ正当であるかと言う事をしめす場ってあるのでしょうか?

また、この映画がほんとにドキュメンタリーであれば批判はすくないでしょう?フィクションであるから問題なんでしょ?ドキュメンタリーは証言、証拠、根拠をベースに意見を述べるのがほんと。この馬鹿な映画は意見をのべてでたらめをならべて”最高のドキュメンタリー”などといわれているわけですよね。その上でリベラルな意見を述べる人はこの映画をツールにして、あたかもほんとのドキュメンタリーのようにこの映画を批判する人をこけ下ろす。

基本的にこの映画の主旨ってキューバ・北朝鮮で作られるドキュメンタリーと変わりがないんですよね。ムアーはこの映画だけでなく、彼が作った映画のほとんどがこのレベル。嘘をのべて、人と人の間隔を広げて一儲けをする悪徳商人なんですよ。

マイク

Posted by: マイク | September 12, 2004 at 07:33 AM

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 何を今さら、と言う感じですが一応観てきました、「華氏911」。実は上映が終わっ [Read More]

Tracked on August 28, 2004 at 11:46 PM

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