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July 20, 2004

一番悪いのはイラクである

 こういうことを書くと、なんか言われるだろうなと思うが、誰も言わないのであえて書きたい。今回のイラク戦争で、一番悪いのは誰か。それはアメリカ合衆国でも、ジョージ・W・ブッシュでも、ディック・チェイニーでも、ドナルド・H・ラムズフェルドでも、さらにはネオコンでもない。一番悪いのはイラクであり、サダム・フセインであり、そしてイラクの人々である。もちろん、アメリカの行動には犯罪と言ってもいいものがある。それはもう周知の事実である。しかしながら、だからと言って、イラクはまったくの被害者だった、イラクはかわいそう、イラク人は悪くない、と思えるかというと、そうは僕には思えない。

 なんども言うが、アメリカは間違っている。しかし、そうした悪逆非道なアメリカに戦争をしかけられる口実を与えたのはサダム・フセインである。「大量破壊兵器なんて、どこにもなかったじゃないか」とイラク側が言ったって、ないものをあると言って言いがかりをつけるのは国際社会でよくあることだ。大国つーのは、そーゆーもんなのである。そーゆーもんなんだから、小国はより一層の注意を払わなくてはならないことは常識であろう(ただし、アメリカとイギリスの内部では、そーゆーもんでは納得はできないので、こっちはこっちでシロクロはっきりさせる必要はある)。サダム・フセインは、国家の指導者として当然のことを怠ったとしか言いようがない。このへん、詳しいことは省くが、いかにアメリカが横暴な国であっても、湾岸戦争も今回のイラク戦争も避けようと思えば避けることができた。1941年に、アメリカからハルノートを突きつけられた日本の方が自体はもっと深刻だった。

 さらに、そうした無能な男を指導者として仰いできたイラクの人々は一体なんなのかということが言えるだろう。このへんも細かいことは省く。フセインに対する反対勢力は数多くあったし、しかも反体制運動をやったら投獄されて死刑になっていたというのもわかる。しかしながら、結果的にイラクの人々は、自分たちの手でフセイン体制を倒すことができず、外国に倒してもらったということになる。このことは、イラクの将来に大きな影を残すことになるだろう。安易に同列に論じることはできないが、幕末の薩摩の西郷と大久保は、外国勢力の援助を借りて徳川幕府を倒すことは日本国の将来のためにならないことをよく知っていた。(実際のところは、かなりイギリスの援助があったのだが、イギリス軍が徳川幕府を倒したわけではない。)

 イラクの民衆は、なぜ自分たちの手でフセイン政権を倒すことができなかったのか。なにゆえ、フセインという無能な男を指導者としたのか。そもそも、イスラム社会は、なぜ西洋にこれほど遅れをとってしまったのか。そうしたことへ問いかけがイラクの人々、少なくとも学生や知識人から出てこない限りイラクに未来はない。これはイラクに限ったことではなく、中東諸国全体について言えることであるが、昔から欧米の植民地主義に対抗する排外主義的ナショナリストが英雄とされる傾向が強い。これを日本の幕末で言えば、尊皇攘夷のようなものだろう。

 薩摩も長州も原始的な兵器で西洋列強に戦いを挑んだが、徹底的に敗北した。その敗北の中で、攘夷はアカン、今のままではアカンということに気がついた。しかし、イラクでは(あれほどアメリカからボコボコにされながら)まだ攘夷をやっている。アメリカが憎ったらしい、さらに20世紀全体で見ればオスマントルコ帝国が崩壊した後、西洋列強によって植民地として食い物にされたのが憎ったらしいというのは、同じ非西洋人である日本人にはよくわかる。さらに言えば、11世紀から13世紀にかけてのヨーロッパ人による十字軍の侵略も恨み骨髄なのだろう。

 しかし、憎ったらしいといくら思っても、欧米の国力と軍事力の前にはかなわないではないか。この冷厳なる事実を事実として受けとめて、幕府をぶっつぶして、小さな町工場のような近代国家を作り、着たくもない洋服を着て、食うものも食わずにひたすら国力を高め軍事力を高めていったのが明治日本だった。

 当時、日本人は朝鮮からは「(西洋のモノマネをする)猿」と呼ばれたという。しかし、猿と呼ばれた側は、別に好きで西洋のモノマネをしているわけではなかった。そうしないと国家と民族の存亡に関わるという強烈な危機感があったのでそうせざる得なかった。それを理解しなかった朝鮮が、その後どうなったは言うまでもない。日本人にとって、毎日がスローライフみたいな江戸時代をやめて、近代国家になるということはとてつもなくたいへんなことだった。幕末から明治10年の西南戦争に至るまで、ものすごい数の人々が死んでいった。それでもやらなくてはならなかった。累々たる死者の山の向こうに、日本の近代化はあったと言えるだろう。イラクでは今、毎日のようにテロが起きている。今後、さらにテロは続くだろう。大規模な内乱も起こるかもしれない。しかし重要なのは、この累々たる死者の向こうに、イラクの民主化の未来があるのだろうかということだ。そうでなくては、これまでと、今と、そしてこれからの死者になんの意味があるのだろうか。

 だからこそ、このまえ人質になったある人が言うような、誘拐拉致や脅迫をする犯罪者に対して「イラク人を憎む気持ちになれない」では、実際のイラクのためにもなんにもならない。某有名ノーベル文学賞作家が言うような「テロリストにも思想がある」かのような考えでは、イラクはますますダメになるだけだ。あれはテロリストではなく、レジスタンスなのだというのならば、イラク人は自爆テロでみんな死ぬまで100年でも200年でもレジスタンスをやっていればいい。

 イラクで殺害された日本人、奥克彦大使、井ノ上正盛一等書記官、ジャーナリストの橋田信介氏、小川功太郎氏はなぜ殺されなくてはならなかったのかということを、イラクの人々は真摯に考えて欲しい。日本が自衛隊を送ったからそうなったんだという発言は、彼らの死だけではなく、イラクの人々に対する冒涜であろう。排外主義的ナショナリズムと本当の民族的自尊心とは別のものである。アメリカの爆撃によって殺された罪無き多くの人々は、アメリカの戦争犯罪を糾弾している以上に、イラク人そのものに、外国の軍隊に蹂躙されないしっかりとした社会を作るように語りかけているのだ。今のイラクの人々は、その声に耳を傾けているのだろうか。

 もし、今のイラクに坂本龍馬がいれば、こう言うだろう。

 「殺しあってちゃいかんぜよ。おまんらが殺しあえば殺しあうほど、アメリカの有利になるじゃき。殺しあいなんかやめて、もっと視野を大きくもって、新しいイラクのために働かなきゃダメぜよ。」

 今のイラクの不幸は、あの国に坂本龍馬や大久保一蔵や西郷吉之助や桂小五郎がいないことである。

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Comments

悪いって言っても、無い物を廃棄した証拠なんて示しようがないんだから、ある訳の無い物を要求するアメリカが一方的に悪いだけちゃうか?

いえいえ。ようは、大量破壊兵器はありません、捨てましたという証拠をでっちあげでもなんでもいいんです。国連が認めさえすればいいんです。つまり、国連が認められるようなカタチで、大量破壊兵器はありません、アメリカ様にたてつくつもりは毛頭ございませんと表明しさえすればいいんです。アメリカだって、ないものをあると言っているんですから。このへん、秀吉にカタチだけの頭を下げた伊達政宗みたいな感じとでもいいましょうか。

それから、もしなかった場合はどうしてくれるんだと、事前にアメリカに要求を突きつけておけばよかったんです。国際世論を味方につけることが必要だったんです。

世界のみんなが、アメリカが悪いというのはよくわかっています。しかし、この理不尽な大国の下でやっていかなくてはならないというのはイラクに限らず、どこの国も同じなんです。これはもう冷厳たる事実なんです。みんなアメリカには迷惑しているんです。だからといって、アメリカは悪い国だと大声で言ったってなんにも変わらないんです。ある訳のないものを要求するアメリカは悪いというのは正論です。しかし、その形式的正論を言っているだけじゃあだめなんです。アメリカという、このはた迷惑な大国の自分勝手な要求をいかにかわすかが小国の手腕なんです。

日本が国際連合新たに作ってアメリカ叩こうぜ

いやぁー、そうはいっても日本の影響力はないスよ。

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