奥外交官殺害事件は、平成の下山事件になるだろう
外務省の奧克彦氏と井ノ上正盛氏は、イラクで誰に殺害されたのかは今もって謎である。この事件は、テロリストの犯行ではなくアメリカ軍の誤射であったという意見がある。今年の5月に、外務省は衆院外務委員会理事懇談会に事件の報告をした。そこでは、米軍誤射説は完全に否定されている。この調査は、実際は日本国政府による調査ではなく、日本政府からCIAに調査を依頼したものだったという。
外務省がなんと言おうと、事件の時、奥氏と井ノ上氏の乗っていた車の後ろからアメリカ軍の車が走っていったという目撃証言や、車の銃弾の後からすると、銃は水平の方向からではなく、かなり高い位置から撃たれたとしか考えられない等の不可解な状況はアメリカ軍誤射の可能性を示唆しているという。奥氏と井ノ上氏の遺体にある銃弾から使用された銃器はすぐにわかるはずなのであるが、今だ発表されていないというのも不思議な話だ。
民主党の参院議員である若林秀樹氏は、参院イラク復興支援・有事法制特別委員会で、「米軍が不審者と間違えて重機関銃で撃ったのではないか」という見解を明らかにした。外務大臣も総理も「真相解明に今後とも全力を挙げていきたい」と言うのみでさしたる進展はなかったという。若林氏は有志の議員と「外交官射殺事件真相究明有志の会」を発足し、外務省報告に対して真っ正面から疑問を提起している。大手マスコミには一言も載らないこの事態の進展に注目したい。
さらに、これはアメリカ軍による誤射ではなく、アメリカに殺害されたのではないかという意見もある。奥氏は、アメリカの軍事行動は大量破壊兵器の発見が目的ではなく、石油が目的だったということを明確に述べていた。実質的にアメリカ政府およびアメリカ企業ベクテルが主導を握っている占領統治の中で、日本政府と日本企業に送る情報の収集活動を行っていた奥氏が邪魔になった、あるいは公表されてはマズイ情報を知ったので、ベクテル・コーポレーションが(アメリカ軍を使って)奥氏を殺害したという説である。さすがにここまでくると、いや、いくら邪魔になったからとはいえ殺害までするだろうか、なにか口実を作って奥氏を本国に帰して左遷させるとかいう手を使うのが妥当なところではないかと思わなくもない。しかし、日本の占領時代のアメリカを考えると、そこまでアコギなことをやってもおかしくないなとも思う。
もちろん、事実は今だ明らかではない。しかし、誤射説にせよ、殺害説にせよ、「そうではなかったのか」と思ってもおかしくない疑問点があるということは紛れもない事実である。そこに疑問がある限り、その疑問を糺していくことは当然のことだ。
戦後、昭和23年の帝銀事件、昭和24年の下山事件、昭和24年の三鷹事件、昭和24年の松川事件は、犯行の背後にGHQの存在があったことは今日では判明している(公に判明しているとは言い難いが)。下山事件は、その当時人々は、事件はGHQの意向によるものであることを知りながらも、あえてそのことを政府も警察も検察もマスコミも不問にした。不問にすることで、アメリカの政策には逆らわないというパターンがここで確立した。その方が日本の国益になるからという判断であろう。その後、日本は朝鮮戦争による軍需景気、さらに高度成長へと進んでいった。
確かに、国益だったのかと言えば国益だったのだろう。日本は経済大国になった。そして、現在でも、アメリカの政策には逆らわないというパターンは続いている。しかし、そうしてきたことで、この国の人々は何かを失った。長期的、大局的視点で見た場合、本当に国益だったのだろうか。そもそも国益とは、経済成長のことだけを意味するのであろうか。昭和24年の下山事件が、その分岐点だったとドキュメンタリー映像作家の森達也は書いている。
おそらく奥外交官殺害事件は、平成の下山事件になるだろう。戦後の黒い霧は、平成の今でもこの国を覆い続けている。
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