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June 25, 2004

『パトレイバー2』と三島由紀夫

 先日読んだ「自衛隊は誰のものか」で三矢研究について知ったと書いたが、実は三矢研究以上の事実をその本で発見していた。それは、自衛隊のクーデター計画である。

 ここで突然『パトレイバー2』の話になる。この作品は、パトレイバーの初期OVAシリーズの中の「二課の一番長い日」がもとになっているとよく言われるが、この二つの作品の内容は別のものである。「二課の一番長い日」は、そのものズバリ、自衛隊がクーデターを起こす話であるが、『パトレイバー2』は、自衛隊がクーデターらしき状況を演出するテロ犯罪の話であった。監督の押井さんは、自衛隊がクーデターを起こすというウソっぱい話を、さすがに映画ではできなかったと述べている。この「虚構のクーデターを演出する」という状況設定は、戦闘場面を描くのが戦争映画ではなく、戦闘と戦争は違うものだという押井監督の考えの中で非常に重要なことであり、ここに21世紀のテロと戦争の本質に通じるものがあるのだが、今ここではそれについて論じない。

 いずれにせよ、この『パトレイバー2』が作成された時期、1990年代では、自衛隊のクーデターはあまりにも非現実的すぎたろう。しかしながら、日本の戦後史全体に目を向けてみると、実際に自衛隊のクーデター計画が何度かあったと見るのが事実のようだ。

 先日書いた三矢研究もそうであるが、これはどちらかというと自衛隊による国家統制計画であって、政府要人を殺害する目的はなかった。しかし、1961年に公安に発覚され逮捕されて未遂のまま終わった三無事件では、右翼と元旧日本軍と自衛隊の将校らが、当時の池田内閣を倒し、クーデターを起こすことを計画していた。これが破防法適用第1号事件になった。

 「自衛隊は誰のものか」には、三無事件については書かれていない。僕が知った三矢研究以上の衝撃の事実とは、(別に衝撃でもなんでもなく、ただ僕が知らなかっただけなんだろうけど)三島由紀夫と自衛隊の関わりである。1970年に、三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で東部方面総監を監禁し、自衛官に決起を促し、そして自殺した事件があった。僕はこの出来事は、作家三島由紀夫の意思で起きた事件だったんだろうと今まで思っていた。ところが、この事件の背景にかなり自衛隊が深く関わっていることを、この本で僕は知った。

 この「自衛隊は誰のものか」の中の三島事件の箇所の資料は、山本舜勝『自衛隊「影の部隊」』講談社(2001)であることを知り、僕も新宿の紀伊国屋でこの本を入手して読んでみた。すると、全学連による反政府運動は日増しに激化し、今にも共産革命が起こるのではないかという当時の社会世情の中で、国家の防衛に強い危機感を感じていた旧日本陸軍出身の自衛隊幹部とアメリカ陸軍とCIAは自衛隊によるクーデターを望んでいたとのことである。アメリカは、中ソ接近による極東アジアでの共産主義勢力の拡大に対抗するため、日本が憲法を改定し、自衛隊が国軍になってアジアの共産主義に対する西側陣営の防衛を本格的に担ってくれることを望んでいた。つまり、彼らはクーデターの機会を求めていたのだ。

 一部の自衛隊幹部は、日本国内での新左翼運動と、各地の都市闘争の勃発に対して、自衛隊が治安維持出動をしデモ隊を鎮圧して、そのままクーデターへと流れ込み、かくて自衛隊を国軍として社会に認知させようと考えていたという。彼らにとって、国を憂い、自衛隊の覚醒を論じていた三島由紀夫と関係を持つことは願ってもないことだった。

 この『自衛隊「影の部隊」』によると、クーデターを画策する高級将校たちが、一度は三島の構想に理解を示したものの、最後は自分たちの保身のために三島の構想を握りつぶし、うやむやにしてしまったという。また、キッシンジャーの訪中により、アメリカの対中政策はそれ以前のような強固な対抗姿勢を全面に出すものではなくなりつつあった。さらに激化し続けると思われた学生運動は、警備力を強化した警察機動隊の前に次々と撃破鎮圧され、自衛隊の治安出動の可能性はなくなってしまった。この時の警察側の内情については、佐々淳行『東大落城―安田講堂攻防七十二時間』文春文庫(1996)に詳しい。

 つまり、三島だけが取り残されたのである。この時の三島にあったのは、絶望だけだったであろう。その後、彼がなにをしたのかということは周知の通りだ。自衛隊は三島由紀夫を裏切ったのである。

 今、三島事件から30年後の今日、この出来事を振り返って見ると、三島由紀夫の自衛隊と戦後日本に対する考えは(ある意味において、であるが)正しかったと言わざるを得ない。三島が書いた檄文の中の「戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎの偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆく」という文章は、その後の日本国民のバブルへの狂騒と、小学生が同じクラスの子の首を切り裂くようにまでなったことを目の前にしている今の我々の心に突き刺さる。

 僕はどうも『パトレイバー2』の柘植行人は、三島由紀夫の最後と重なるような気がしてならない。クーデターの実行を塞がれた三島は、クーデターらしき状況を演出することによって、メッセージを伝えたかったのではないだろうか。そして、絶望しかない三島は演出の最後を自らの死でしめくくったが、柘植はそうしなかった。柘植は、この街(国)の未来をまだ見ていたいと言う。

 『パトレイバー2』のラストシーンは、希望なのか、それともあきらめだったのだろうか。そして、三島由紀夫は今の日本と自衛隊を見て何を思うだろうか。

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