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June 20, 2004

三矢研究について知る

 「P2」の原稿書きのために、自衛隊とか軍事関係の本を読んでいる(今月末締め切りなのに、今から読んでいるのは、もう遅いだろという気がしないでもないが)。今の戦争について論じるには、RMA(軍事革命)のこと知らなくてはアカン。つーわけで、日本ではRMAについての本を江畑謙介が書いていたなというわけで、新宿の紀伊国屋へ行って、江畑さんの本を買い求めた。買おうと思った江畑さんの本の何冊かは講談社現代新書なので、講談社現代新書の棚をつらつらと目にしていたら、自衛隊についての本が目に入った。

植村秀樹『自衛隊は誰のものか』講談社現代新書(2002)

 本を手にとって、パラパラとページをめくってみると、自衛隊設立以来の歴史、つまりには戦後史が書いてあってなんか良さそうなので、この本も買い求めることにした。

 帰りは神田神保町に寄って、いつも行くルノアールで、カツカレーを食べてコーヒーを飲みながら、溜まりに溜まったHerald TribuneとかNewYorkTimes Weekly版とかTimeとかNewsweekを読む。定期購読をしているのだけど、平日は読む時間がないからすぐ溜まってしまう。Herald Tribuneは定期購読ではなく、読みたい時に駅の売店で買っている。日本ではNewYorkTimesの日刊の購読ができないので、プリントメディアのNewYorkTimesが読みたかったらHerald Tribuneを読むしかない。

 そうゆうわけで、僕はヘラトリ(と呼ばれる)が好きだ。ちなみに、JapanTimesは「本日コレコレの出来事がありました。ザッツオール。」みたいな公正中立なことしか書いておらず、ジャーナリズムとしての分析なり主張なりがないから僕は好きではない。JapanTimesはつまらない。たまに買って読むと、ああ買わなきゃよかった思うことが多い。シンブンってーのは偏ってなくてはイカン。てか、偏っているものなのである。読む側は、偏っているということをわかって読んでいるのだ。

 で、ヘラトリつーかNewYorkTimes(ヘラトリの記事はNewYorkTimesから転載している)を読むと、9.11委員会報告での同時多発テロが起きた時の不手際のことが載っていて、もはや、こりゃあ次の選挙はダメだろうと思う。しかし、NewYorkTimesとかを読む人はそうだろうけど、読まない人々の方が圧倒的に多いわけで、なんだろうとかんだろうと「私は共和党支持」とか「ケリーよりも今のブッシュの方がまし」と思う人も多いわけで。はたして今回の大統領選挙がどうなるのか、今はまだわからん。

 それにしても、この店は、僕が中学生の時から通っている店なんだけど、数年前から店内の音楽がやかましいものになった。時々、サラ・ボーンのジャズをかけているときはいいのだけど。とにかく、やかましい。うーむ、スタバに変えようかな。しかし、あそこは店内が狭い。

 冷房がきつくなってきたので、店を出る。


20040619151549.jpg
(FOMA F900iにて撮影。なんか画像が荒い。なんでや。)


 自宅へ戻り、黙々と『自衛隊は誰のものか』を読む。ここで、三矢研究のことを知る。三矢研究って、昔、小松左京の小説にちらっと出ていたよなあということぐらいしか僕は知らなかったのだが、なんとこーゆーものだったのか!と驚く。

 三矢研究とは、自衛隊統合幕僚会議が1963年に実施した「昭和38年度統合防衛図上研究」のコードネームのことだ。内容は、朝鮮半島で北朝鮮が38度線を超えて侵攻を開始した際に、自衛隊、米軍、そして日本政府がどう動くかついてシュミレーションを行ったものである。もちろん、こうした研究をすること自体は当然のことであって、むしろ統幕会議はこーゆーことをやってもらわなくはならんと思う。問題なのは、その具体的中身であった。このシュミレーションは、戦前の国家総動員法をベースにしていたのである。自衛隊が現在許可されている法令の範囲を大きく逸脱し、自衛隊の都合で国と国民のすべてを管理し統括するというシナリオになっていた。このへんが、もはやシュミレーションではなくクーデターではないかと、時の佐藤内閣は社会党から追及された。自衛隊が本気でクーデターを考えていたのなら、こりゃあもう「P2」か「二課の一番長い日」になるではないか。

 しかしながら、今の視点から見ても、これは実現にはほど遠かったと思う。とにかく、発想が旧軍のままなのだ。シュミレーションとして意味があったものとは思えない。なんたって、このシュミレーションでは軍が、じゃなかった自衛隊の行動がすべてに優先し、徴兵制すら復活するのである。統幕会議ってのは、参謀本部のまま、なにひとつ変わっていなんだな。

 この三矢研究のことが知ることができただけでも、この本は有意義だった。その他、三島由紀夫が市ヶ谷で自殺した時、交友があった一部の幹部自衛官にクーデター計画があったとか、吉田ドクトリンはドクトリンと呼べるようなシロモノではなかったとか、吉田の後を受け継いだ池田と佐藤が自衛隊をなしくずしにしたということなど、この本を読んで数多くの事実の発見があった。

 この本の筆者は、「自衛隊は誰のものか」という問いに、現状ではまるで米軍のものになっているのではないかという回答をしている。本来、自衛隊は日本国民のものだったはずなのに。しかし、こうした現状に至ったのは自衛隊自身と政治家とそれを選んだ選挙民、すなわち日本国民のせいではないか、と僕は思わざるえない。

 つまり、現状では米軍の下にいて、その反動なのかどうか知らないが、自分たちで主体的な行動計画を立案すると、戦前の国家総動員法となんら変わらないものになるという、完全なるアメリカ従属か、あるいは独断専行で帝国陸軍復活か、という選択(海自はもはやカンペキにアメリカ海軍の付属機関になっているので、そもそもこうした発想をしない)しか思いつかない。三矢研究は40年前のことであるが、自衛隊は変わったのだろうか。

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