January 12, 2019

2019年の冒頭に思う

 このところ私はブログの執筆から遠ざかっていた。その理由の一番大きなものは、ここで世の中の事柄について書くことになんの意味があるのであろうかと思ったからである。

 この国はこの先、衰退の一途を辿っていく。どれだけ数多くの不祥事が起きても政権は変わることはなく続き、今のこの国は愚かしい政策を行い続けている。この国はもうダメなんだなと思う。この先、この国の国民はどんどん貧乏になる。この国は緩慢な衰退の時代になっている。そう思うと、ここで書くことはなんの意味もないことだ。それよりも、自分には読みたい本、学ばなくてならないことは山のようにある。そう思って個人的な「書くこと」からは遠ざかっていた。日本の政治、日本の経済を見ていると気分が滅入っていることがあまりにも多すぎる。TimeやBusiness weekを読んでいる方が楽しい。

 もうひとつは、高校の理科と社会をもう一度しっかりと学び直さなくならないと思ったからだ。基本的に教養とは、高校程度のレベルの知識のことである。高校の教科書に書いてある程度ことを、高校卒業後、生涯にわたって持ち続けていることだけで十分な教養人である。ここいらで過去に学んできたこと、学んでこなかったことを再度、というか何度も学び直さなくてはならないと思った。

 その試みのひとつとして、リクルートの受験サプリの歴史の授業が、社会人が見ても十分勉強になるということを知り、さっそく受験サプリに入会した。受験サプリは高校生や浪人生のための大学受験講座の動画配信サービスであるが社会人でも入会できる。私が大学を卒業したのはもはや30年近く前のことだ。ここで高校生になったつもりで、もう一度勉強し直そうと思ったのである。

 WEBの入会の申し込みのページに志望校を書く欄があり、そこには「国際教養大学」を記入した。不可能な夢であるが、自分がもしもう一度大学生になれるのならば、今の日本の大学では秋田にある国際教養大学を選びたい。ようするに都会の喧噪を離れた隔絶された大学で静かにじっくり本を読みたいという根本的な願望が私にはある。そういうわけで、受験サプリの世界史や文化史の動画をつらつらと眺め、高校の世界史の教科書や参考書を買ってきてページをめくり、ずいぶん忘れてしまったことがあるなと思う日々を送っていた。

 ところが、である。

 最近、本業の仕事の方で新規事業を考えなくてはならなくなった。本格的に企画を考え、表を作り、グラフを作り、プレゼンをするようになってきた。そういうことをやっていると、今の世の中のマーケティング理論や販売方法がいかに大きく変化し続けているかということをつくづく感じるようになってきた。いかに自分はそれらの分野について、知らないこと、できないことが多いかということを知らされることが多くなった。こうなってくると、のんびりと晴耕雨読の気分になっているわけにはいかなくなってきたのである。

 もう若くない身の上で、ビジネスの現場と真正面から関わらなくてはならなくなった。個人的には、日々の仕事をそつなくこなし、あとは遠い100年や200年、千年や二千年、1億年や2億年前のことの本を読んで、ぼおーと考えるだけの暮らしをしたいと思っていたのであるが、そうはいかなくなってきた。

 この国の政治や経済や文化の状況も国際社会も、そして情報テクノロジーもどんどん変わっている。そうした諸々のことについて、日々、我が身を省み、自分が考えることを「整理すること」「書くこと」は、自分にとって不可欠な行為である。思えば我が人生は、公私ともに自分の考えを「表現すること」ということから抜け出ることはできないのであろう。

 今後も、ここにコンスタントに書き続けることができるかどうかわからない。今の時代は、ブログというメディアはそれなりに内容がオモイものになっている。途中経過的なもの、断片的なことはブログには合わない。しかし、まとまったもの、蓄積されるべきものはブログでなくてはできない。そういうものとしてブログをこれからも続けていきたい。

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July 16, 2018

オウム真理教事件の刑が執行された

 7日の毎日新聞の社説はこう書いている。

「だが、このような理不尽な犯罪が、なぜ優秀だった多くの若者を巻きこんで遂行されたのか。その核心は、いまだ漠としている。」

 これは毎日新聞だけではなく、数々のメディアが今回の教団元代表ら7人の死刑執行についてそう述べている。ようするに、なぜこのような事件が起きたのかが明らかにされることがなく、死刑が執行されたということである。

 死刑制度の是非については、ここでは触れない。述べたいのは、あの事件がなぜ起きたのか、なぜ若者たちがあの事件に巻き込まれていったのかということが本当にわからないのないのであるならば驚きであるということだ。

 わからないと言っている人たちは、あの狂乱地価の時代のこの国が正しい状態であったと思っているのであろうか。バブルという理解不能な経済状況が、優秀だった(とされている)数多くの官僚や経済人を巻き込んで遂行されたのではないのであろうか。あの時代、オモテに出てこなかった犯罪は山のようにある。物事を短絡的に考える者たちが理不尽な犯罪行為に走ることは十分あり得たし、実際にそれが起きたということではないのだろうか。

 本来、宗教は狂気や反社会的なものを内在しているものである。今の伝統仏教は、江戸時代の宗教政策によって順化され社会的に無力、無害なものになっている。そうした既存の仏教には精神文化に関心を持つ若者を惹きつける力はなく、むしろ、狂気や反社会的なものが混在しているオウム真理教に惹かれた者は数多かったであろう。

 今の時代は、世界各地の様々な時代の宗教の知識を本やネットで得ることができる時代だ。断片的ではあるが世界のさまざまな宗教の知識とサブカルチャーのイメージの中で人間の霊性について考えていくということは今の日本の伝統仏教ではできない。そうしたことに関心を持つ若者たちの受け皿として、オウム真理教は、1980年代の日本で現るべくして現れた宗教教団だったのかもしれない。

 もちろん、だからと言ってその狂気や反社会的な教えと、それを実際の行為に及ぶということとは別の話だ。世界の膨大な数の宗教教団の大多数は、犯罪集団になることなく存続している。世界の終末を前提としている宗教は、キリスト教以外にも数多くある。東南アジアの小乗仏教は、出家することは別におかしなことでもなんでもない。また社会の側も宗教が社会秩序から大きく逸脱することをしないのならば、異質な宗教教団があることを許容し、排除することをしない。例えば、出家をして宗教の修行をするというのは、ある意味において反社会的行為であるが、その程度の「反社会的行為」を許容する寛容さのない社会は危険である。さらに言えば、オウム真理教の教団が革命とか国家転覆がどうこうとか言っていたということは別にめずらしいことでもなんでもない。そうしたことを言い、実際に犯罪を犯した政治組織なり宗教団体なりは数多くある。オウム真理教の宗教なり組織なりは、決して特異なものであったわけではない。

 この社会は、あの事件が起きた時に、あの事件の意味をしっかりと受けとめて考えるべきだった。だが、それはなされることはなく20年以上の歳月が流れた。そして、今、あれはおかしな宗教教団がやった犯罪だった。あの教団の信者たちはマインドコントロールされていた。教団の指導者と犯罪に関わった主要信者は処刑された。これでこの一件は一切終わり。「このような理不尽な犯罪が、なぜ優秀だった多くの若者を巻きこんで遂行されたのか。その核心は、いまだ漠としている。」で幕を引こうとしている。

 むしろわからないのは、チベット仏教やヨガを愛好する小さなサークル集団が、約10年で化学兵器を製造する工場を持って国家転覆を標榜するテロ教団になったということだ。当然のことながら、国内外の反社会的勢力や政治家、企業からの支援があったと思われる。なぜこれが可能だったのか。どこからどのような支援や援助があったのか。外国、特にロシアとのつながりはどのようなものだったのか。どのような政治家、企業か関係していたのか等々、そうしたことは明らかになっていない。「いまだ漠としている」のは「優秀だった多くの若者を巻きこんで遂行された」ことでなく、そうしたことが「いまだ漠としている」のである。「いまだ漠としている」というよりも、「明らかにしようとしない」というのが正しいだろう。

 オウム真理教の仏教理解は間違った解釈がある。オウム真理教の教義の原典のひとつに中沢新一の本があると言われているが、そもそも中沢新一の本をしっかりと読んでいればオウム真理教には近づかない。オウム真理教の数々の事件が発覚されて、中沢新一の本がその教義に大きく関わったと言われているが、咎められるべき相手は間違った解釈をしたオウム真理教であって中沢新一ではない。もともと仏教は、内発的な意識を主体とする。グルへの絶対的な帰依を求める密教であっても、その者、個人の覚醒が目的であり、グルが弟子の意識を操作していくものではない。

 しかしながら、そうした間違ったものが数多くある宗教教団であったが、オウム真理教には日本の宗教の新しい思想的展開の基点となりうる可能性を持っていたことは主張したい。オウム真理教がああした数々の犯罪、テロ事件を起こすことなく、その後も異端の宗教教団として存続していれば、どのようなものになっただろうかと思う。その一方で、オウム真理教がオウム真理教であるためにはああした事件を起こす必要があった、そういう教団だったと言うのならば、そうなのかもしれないと思う。

 あれから20年以上の年月がたった。オウム真理教はああした事件を起こした教団として終焉し、その後、オウム真理教についての論議はさほどされず、省みる者はほとんどいない。あの事件以後、ますます社会からは寛容性や自由度が失われ、時代に会わない硬直した社会制度だけが残る社会になってしまった。

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June 15, 2018

米朝会談

 過去30年の米朝会談の歴史は、米朝の双方にとって失敗の連続であった。これは簡単に言ってしまうと、双方に理由がある。

 そもそもアメリカはアジア、とりわけ北朝鮮について(韓国についてもであるが)よく知らない、わからない、関心がない。太平洋戦争が終決した時、アメリカにとって極東アジアでの最大の関心事は日本であり、日本の占領統治に力を注いでいた。朝鮮半島はいわばどうでもよかった。やがて米ソの冷戦が本格化し始め、中国で国共対立とそれに続く共産中国の誕生と台湾の国民党政権との対立、そして抗日運動の活動家であった金日成が権力を掌握し、スターリンと毛沢東の支持を得るようになる。これに対抗するためアメリカは李承晩を担ぎ上げ傀儡政権を樹立した。かくて、朝鮮半島の北と南に国家が誕生してしまった。

 同じようなことが日本でも起きていた。終戦後、連合国は戦後の日本を分断統治しようする意思があったがアメリカはこれを認めず、アメリカ一国が日本列島全域を占領統治することとした。朝鮮半島の社会が南北に分断されたのは、アメリカがきちんとした政策を持っていなかったということと、かりに持っていたとして朝鮮半島全域をアメリカを占領統治するには、地続きで隣国に共産化した中国とソビエトがいることを考えると、かなりの大きな軍事力を展開する必要があったであろう。この時、アメリカにそれだけの余力があったかというと難しいであろう。

 その後、北朝鮮は核兵器をちらつかせる国になるが、アメリカにとってすれば、太平洋の向こうの遠いアジアの小国は別に軍事的脅威でもなんでもない。ただ、国際社会の秩序を維持するために、放っておくわけにはいかないという程度のものであった。なんどもいうが、アメリカは関心があるのはロシアと中国であり、朝鮮半島のことなど関心はないのである。

 一方、北朝鮮の方も、これもまたなにを求めているのかよくわからない政権であった。ようするに、強い軍事力を持たなくて他の国に攻められると思っているのであろう。では強い軍事力とはなにかといえば、核兵器を持つことなのであると思っているのであろう。本来、強い軍事力を持とうということであるのならば、核兵器を持つということ以外にもやらなくてはならないことが山のようにあるのであるが、核兵器だけとしている。このへんがよくわかない。

 核兵器しかないというのは、軍事としては極めて歪な姿であり、これではまともな戦争はできない。ようするに、北朝鮮は正しい軍隊を持ってまともな戦争をやる意思はないのである。もちろん、北朝鮮の規模の国力では、とても「正しい軍隊」が持てない、「まともな戦争」ができないということもある。そう考えてみると、軍事兵器としての核ミサイルではなく、外交手段としての核ミサイルとしてやっているのだ。北朝鮮は、張り子の核ミサイルを作って、アメリカに向かって精一杯の自己主張をしているのである。北朝鮮の軍隊は南のソウルを制圧することはできるであろうが、長期的に在韓米軍や在日米軍と戦争ができるしろものでない。そうした姿は、端から見ると滑稽でもあり、いじらしいとも感じる。

 12日、シンガポールのセントーサ島のカペラ・ホテルでトランプと金正恩が握手するシーンをニュース映像で見ながら、北朝鮮は張り子の核ミサイルを使ったはったり外交でよくぞここまできたと思った。これもまた優れた外交力である。

 今回の米朝会談が多くの人々が論じているように、具体的、実質的な中身がない会談であった。しかしながら、この具体的、実質的な中身がないということでいえば、文在寅と金正恩の会談も同様であり、つまり「まあ、なかよくやっていきましょう」という会談なのである。このノリはトランプも同じであり、まずは「まあ、なかよくやっていきましょう」であり、「具体的な話はこれから」なのである。

 実際のところ硬直した関係を改善するためには、時として具体的、実質的な中身がない会談をすることも必要である。そうした対話の場を持つこと、その場を持ち続けることが重要なのである。今回の米朝会談はアメリカと北朝鮮の会談として成功だったのか失敗だったのかと論じられているが、そういうレベルの話にはまだなっていない。この「なっていない」という対話の場を「作った」ということが重要なのである。

 文在寅と金正恩はそのことをわかっているのであり、同様にトランプもまたそうしたことがわかるタイプの人物であった。これまでの歴代の大統領、例えばオバマであれば、今回の日朝会談にような姿にはならなかったであろう。金正恩にとって、アメリカ合衆国の大統領がトランプであることは幸運であった。来週から始まるというポンペイオ国務長官とボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官が相手ではこうはいかないであろう。具体的、実質的な話はこれから始まるのだ。

 通常、外国政府の要人との外交的な交渉は"Diplomatic negotiations"と言う。しかしながら、トランプは"Deal"という言葉を使う。ビジネスの「取引」のことを「ディール」という。トランプにとっては米朝会談も"Diplomatic negotiations"ではなく"Deal"なのである。ちなみに、金正恩はトランプの著書(と言ってもゴーストライターが書いたものであろう)" The Art of the Deal"を読んでいるという。会談の中で「非核化と復興のカネは韓国と日本が出す」「アベは拉致問題さえ解決するのならば、いくらでもカネは出す」という会話がなされたことは十分考えられる。

 これで、東アジアの現代史の中にドナルド・トランプの名が残ることになった。北朝鮮と争う必要がないのならば、韓国軍と在韓米軍の合同演習も不要とばかりに中止にさせてコスト削減ができた。朝鮮半島の和平の貢献者という名誉は得て、お金は日本に支払わせるという、いかにも"Deal"らしい"Deal"であった。朝鮮民主主義人民共和国の指導者が歴史上初めて握手を交わしたアメリカ合衆国大統領が、こういう不動産業のオヤジであったということは、祖父の金日成も父親の金正日も思ってはいなかったであろう。

 これに対して、蚊帳の外にいる日本政府は「拉致問題を解決しなくてならない」「具体的、実質的な中身を決めなくてはならない」というネバナラナイ態度で一貫してきた。このへんが国際的な"Deal"も"Diplomatic negotiations"もできない日本人らしいと言えば日本人らしい。こうした態度では事態は進展しないのであるが、進展しないからといって、では他にできることがあるのかといえばまったくないのが我が国の政権である。

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