April 28, 2017

「自国第一主義」では経済はよくならない

 23日のフランスの大統領選の第1回投票の結果で、独立系のエマニュエル・マクロン前経済相と、極右、国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が決選投票進出を決めたという。

マクロンはEU支持であり、ルペンはトランプと同じく「自国第一主義」を掲げている。

 しかしながら、ルペンが言うフランス第一主義のイメージは、かつてド・ゴールが言ったフランス第一主義とは大きく異なる。今のこの時代の、いわゆる「自国第一主義」とは、そもそもなんであろうか。

 以下、実際はもっと複雑であるのだが、ここでは単純なものとして考えてみたい。

 例えば、トランプは労働者が失業しているのは、自動車工場がメキシコへ移転したためである。工場が外国へ行くのはよろしくないとしている。しかし、自動車工場は好きでメキシコに移転するのではない。そこには理由がある。メキシコでは人件費が安くなるため、メキシコの工場で自動車を生産すれば、それだけ安い価格で販売できるのである。自動車をアメリカで販売する際にも、価格を安くすることができる。つまり、アメリカの消費者は、自国で生産するよりも安い価格で購入することができるのだ。これは、アメリカの消費者の利益ではないのだろうか。

 いやいや、「消費者だけ」という人間はいない。労働をしてお金を得て、そのお金で商品を購入するのである。消費者である前に労働者なのである。消費よりも雇用を考えなくてはならない、というのは確かにその通りだ。

 では、自動車工場の労働者は、自動車工場の労働者でしかあり得ないのであろうか。ここで、政治なり行政なりの手腕が問われる。他の業種の仕事で働く、あるいは、自動車のメンテナンスや、交通インフラの整備・管理などは「メキシコにある工場」にはできないことである。そうしたサービス産業、つまりは脱工業社会になることで、かつて自動車工場で働いていた労働者は、新しい雇用の場を持つことができる。工業の外国移転によって、国内産業が空洞化するか、しないかは、そうした産業構造の転換をやるか、やらないのか、という話なのである。

 必要なことは、自動車会社が工場を国外に移転させないようにすることではない。むしろ、外国で生産できるものは、積極的に外国へ移転するようにさせることだ。自国の経済がグローバルになればなるほど、外国と深く関わっていくということであり、それが自国の安全保障を高めることなのである。

 そうして、自国の企業が外国へ出て行った時、国内の雇用をどうするのかを考えるのが政治家や官僚たちの役目なのである。ところが、今、アメリカやヨーロッパのいわゆるアンチ・グローバリゼーションが言っていることは、自国の企業を外国に出さない、ということだ。まったくの真逆のことを言っているのだ。これはつまり「自国の企業が外国へ出て行った時、国内の雇用をどうするのか」、その対応がまったくわからないと言っているのである。

 だが脱工業化社会へ転換しなくては、この先の先進国の未来はないことは、1980年代から言われ続けてきたことだ。政治家や官僚は、この30年間、一体をなにをしてきたのであろうか。

 仮に、トランプが言ってる通りにしたとしよう。国内で、高い人件費で自動車を作り続けたとしよう。まず、そうした高価な車は外国では売れない。そして、自動車は外国でも生産している。このため、外国車の輸入に高い関税をかけて、国内市場への参入を阻むであろう。ということは、国内の人々は、高い国内車を使い続けなくてならないということになる。

 もちろん、実際の世の中は多かれ少なかれ、どの国でも上記のことをやっている。国内の産業を保護する名目で、外国の製品やサービスの参入を阻んでいるものは数多くある。問題なのは、それを露骨に、大規模にやろうということなのである。それを彼らは「自国第一主義」と言っている。

 トランプやルペンを支持する人々は、政治の無策さが招いた状態にある人々である。彼らの既存政党に対する怒りや不満を受け入れてくれる相手としてトランプやルペンはある。しかし、トランプやルペンでは経済は回復しない。かくてますます、人々の怒りと不満と政治への不信は高まり続けるだろう。この有権者のフラストレーションは、この先、どこへ向かうだろうか。

 次回の本選挙では、棄権が数多く出るだろう。ルペンが当選する可能性は高い。仮に当選しなくても、大統領選挙で極右政党がかなりの投票数を獲得したという事実は、これからのヨーロッパの政治に大きく影響を与えることになるだろう。重要なことは、トランプのアメリカと同じく、アンチ・グローバリゼーションを支持する勢力と、グローバリゼーションを支持する勢力で、ヨーロッパの政治が分断するということである。もうかつてのような統合された国民国家というのは、昔の話になっているのだ。

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April 15, 2017

現実感覚を持たない国

 今朝の産経新聞の一面は、産経抄が安倍政権バンザイの内容で、「米「核実験 確証得れば先制」という記事があり、その隣に「北「いつでも実施」」という記事があって、いますぐにでもアメリカの北朝鮮への攻撃が始まるかのような論調である。

 社説「主張」はこう書いている。

「安倍晋三首相が国会で、北朝鮮のミサイル戦力に関連し、「(化学兵器の)サリンを弾頭に付けて着弾させる能力を、すでに保有している可能性がある」と答弁した。

 この懸念は以前から、政府や安全保障専門家の間で共有されてきたものだが、首相の発言は北朝鮮情勢がより切迫していることを物語っている。

 併せて、菅義偉官房長官は北朝鮮が「生産できる複数の施設を維持」していることを明かした。韓国国防省は、北朝鮮がサリンやVXなど2500~5千トン規模の化学兵器を保有するとみている。」

 と、あたかも北朝鮮が化学兵器を搭載したミサイルを保有していることが認定された事実であるかのように書かれている。さらに言えば、こうしたことを首相が言うこと自体が、かなり大きな問題なのであるが、誰もそのことに気がつかないようだ。北朝鮮に対して、アメリカが積極的な行動にでる可能性が高くなったので、日本政府はここぞとばかりに高飛車な態度になっている。そのことが、産経新聞の紙面から伝わってくる。

 その今朝の産経新聞のコラム『緯度経度』で、黒田さんが「有事感覚が後退した韓国」というコラムを書いていた。黒田さんは、こう書いている。

「いつもそうだが肝心の韓国社会にはことさら緊張感も危機感も感じられない。

 韓国社会のこの雰囲気はそんな「危ない北」と長く付き合ってきたことからくる“慣れ”と同時に、北との戦争となると韓国が真っ先に被害を受けるのだから「米国はまさか韓国の意向を無視した勝手なことはやらないだろう」という安心感(?)からだ。」

 黒田さんは、産経新聞のソウル駐在特別記者であり論説委員である。嫌韓が社是である産経新聞の中で、この人は当然のことながら嫌韓ではない。以前、東京都の朝鮮学校への補助金支給の停止について、その通りであると喝采する産経の紙面の中で唯一、黒田さんのコラムでは、かつてソウルで日本人学校を作る時、ソウル市からの援助を受けたことを思えば、東京都が援助することぐらいしてもいいのではないかという意味のことを書いていたのを読んで、なるほどこの人は平等な見方をする人なのだなと思ったことがある。そういう人である。

 黒田さんのコラムからの引用を続けたい。

「韓国社会で北朝鮮との戦争という有事感覚が後退しているのは、韓国が今や本格的な戦争はできないようになってしまったからだ。

 たとえば北との軍事境界線に近いソウルの北方は、高層マンション中心の100万都市である。この新都市開発にあたった盧泰愚(ノ・テウ)政権(88~93年)は「高層マンションは北からの攻撃に際してはソウルを守る盾になる」などといって物議をかもしたが、今や人気の住宅都市である。

 それに韓国が世界に誇るハブ空港の仁川(インチョン)空港も、機上から眼下に北が見えるほどだ。こんなに近くては戦争などできない。」

 ようするに、黒田さんの眼から見ても、今の韓国は「北朝鮮があ」という雰囲気でもなんでもないということだ。国境に接している隣国である韓国ですら、こうなのだ。このコラムでは、韓国がこうであることを、有事感覚の緊張感もなにもないのはいかがなものであるのだろうかという批判的スタンスをにおわせてはいる。だが、おそらく黒田さんは、この現実を受け容れざるを得ないと思っているのだろう。産経新聞の記者である以上、こう書かざるを得ないのである。

 この韓国の社会の姿は、当たり前の現実的な感覚であろう。 戦争になれば、日本による日韓併合から独立して以後、そして朝鮮戦争が休戦になって以後、これまで韓国の人々が築き上げたもの一切が灰燼に帰することなる。そんなことを、誰が望むのであろうか。韓国は、もはや戦争ができる国ではない。これは有事感覚が後退したのではなく、まともな現実感覚になっているということなのである。

 そもそも、北朝鮮が今後も核実験をし続けたとしても、それでアメリカが北朝鮮にミサイル攻撃をするということは国際社会のリアリズムに欠けている。これは、紛争地域のシリアでの政府軍が化学兵器を使った(とアメリカが主張している)ことへの攻撃とは本質的に違うものだ。ましてや北朝鮮の一般市民を犠牲にすることは、国際社会では通らない。むしろトランプ政権は北朝鮮に対して積極的に行動すると言われていることについて、本当にそうであるのか疑いの眼を向けることが必要である。

 仮にアメリカは北朝鮮に先制攻撃をしたとして、その次に起こることは第二次朝鮮戦争であろう。しかし、今ここで戦争などやられたものでは、中国、ロシア、日本を含め周辺国の経済的なダメージは甚大であり、世界経済は第二次世界大戦以後、最大の危機を迎えることになるであろう。その損失をアメリカが支払うとでもいうのであろうか。日本では朝鮮半島の有事を文字通り対岸の火事であるかのように思っている人々が多い。ミサイルが飛んできたり、避難民が押し寄せるのは阻止したいと思っている程度である。その程度の認識しかないのだ。

 今の朝鮮半島の情勢は緊迫しているというのは、確かにそうであろう。しかし、その緊迫の内容は、今すぐ戦争が起こるようなものではない。ましてや、戦争が起こりそうであるのならば、起こらない方法を考えるべきなのであるのだが、そうしたことを考える気はないようである。戦争について現実感覚を持つということは、そういうことなのだ。むしろ重要なことは日本が知らないところで、在日米軍が中国やロシアに対して行っていることだ。

 この国総理大臣とか、ネトウヨとか、ネトウヨ新聞とかが、この島国の中で、北朝鮮がミサイルを打ってくるとか、戦争が起こると不安を煽っているだけである。なぜそうなのかと言えば、国民が北朝鮮への不安を感じることが、安倍政権の支持につながるからだ。

 本当は今こそ、広い視野をもって自分のアタマで、日本以外の広い世界を見て聞いて考えなくてはならない時なのである。それが国際的な現実感覚を持つということなのだ。

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April 09, 2017

アメリカのシリア攻撃と北朝鮮

 アメリカは7日、シリア政府軍が北西部イドリブ県南部の空爆で化学兵器を用いたと断定し、非難するとともに、シリアの軍事施設へのミサイル攻撃を行ったという。またもや、国連安保理の決議前のアメリカの軍事行為である。もはや、アメリカは国連を完全に無視していると言えるだろう。

 シリアの化学兵器使用の有無については立証されていない。むしろ、確実に国際世論の非難を招く化学兵器の使用をシリアがするだろうかという疑念がある。

 仮にそれが真実であったとしても、では今回、ミサイル攻撃を行ったとして、この先、化学兵器を使わせないようにどうするのであろうか。このへんの展望がまったくなく、ただ、ミサイルを打ち込みました、ということをしたとしか思えない暴挙である。また、トランプはそもそもアサド政権と共同し、イスラム国を掃討することを掲げていたが、このミサイル攻撃でアメリカとシリアの関係はどうなるのであろうか。

 オバマ政権であれば、こんな愚かしいことはしなかったであろう。実際のところ、2013年、化学兵器の使用が疑われたアサド政権に対して、オバマは軍事行動に踏み切らなかった。トランプ政権になり、中東の混乱はますます深まるばかりであるとしか言いようがない。イラクに大量破壊兵器があるという捏造で、イラク侵攻を行い、今のイラクの荒廃をつくったのはアメリカであることを国際社会は忘れていない。

 これは、北朝鮮への威嚇行為なのだとする見方がある。というか、北朝鮮に軍事的圧力をかけたい者たちは、アメリカのシリア攻撃を北朝鮮への威嚇行為なのだと思いたがっている。産経新聞はこう書いている。

「トランプ米政権は、北朝鮮に対し、軍事攻撃も辞さない姿勢を見せてきた。今回のシリア軍基地への攻撃は、核・ミサイルだけでなく、化学兵器の開発にも邁進(まいしん)する金正恩(キム・ジョンウン)政権に向け、この上ない強い警告となった。北朝鮮は公式の反応を示していないが、衝撃を受けたことは間違いないだろう。」

 しかしながら、今の時代、力による威嚇は国際問題の解決にはならない。力による警告を行えば、北朝鮮は行いを改めるであろうという考え方そのものが間違っているのだ。この、力でねじ伏せれば、相手はいうことをきくという発想に基づくこの考え方は、それはつまり、自分たち自身が、力でねじ伏せれれば、相手のいうことをきくからなのであろう。

 前にも書いたが、そもそも北朝鮮は「悪い国」なのであろうかと私は考えている。

 こんなことを言うと、悪い国であることは当たり前じゃないかという声が聞こえてくる。つい最近、ドキュメンタリー映画『太陽の下で』を観たばかりだ。あの時間が停止したかのような進歩もないもない、自由がなく、人権もない国がいいわけないではないかという声が聞こえてくる。もちろん、北朝鮮の社会が「正しい社会」だとは私は思わない。

 だが、数多くの国民を餓死させ、虐待し、虐殺をしている国家体制の国は、今現在、地球上に数多く存在している。北朝鮮がけしからんというのならば、そうしたことを行っている他の国々を放っておくのはなぜであろうか。

 北朝鮮は日本をミサイルで狙っているではないかという声もあるが、何度も書くが、あんなものは兵器でもなんでもない。ミサイル兵器に必要なのは、これこれの破壊規模で、何時何分何秒にどこどこへ着弾するということであり、これができなくては戦争にならない。実験程度の打ち上げでは、アメリカはおろか、韓国や日本とすら戦争ができる国になっていない。北朝鮮の国力では、戦争は不可能である。

 北朝鮮の望みは、アメリカとの交渉であり、アメリカによる現体制の維持の保証である。以前に書いたように、この言い分には北朝鮮側にも理はある。北朝鮮を力で威嚇して、では、拉致問題はどうなるのであろうか。北朝鮮に拉致され、2002年に帰国した蓮池薫氏は、NHKのインタビューでこう述べている。

「拉致を解決すれば見返りを与えることができると伝える必要がある。例えば電力事情の改善など経済協力という形で、北朝鮮に必要なもので核やミサイルの開発につながらないものがあるはずだ」

 これは極めて重要なことだ。拉致問題の交渉には、当然のことながら見返りを与えることが必要になる。北朝鮮にとって、今の体制維持が必要なのである。仮に、軍事力により北朝鮮の体制を崩壊させたとしても、その先のことについて明快な道筋を韓国も日本も持っていない。金正恩体制は崩壊する、崩壊するといっていながら、では、実際に崩壊したらなにが起こるのか、なにをどうするのかということについて韓国と日本は現実的に考えることをしていない。実質的なことはなにも考えておらず、万事、アメリカまかせになっているのが現状である。そのアメリカは、力による安易な示威しか考えていない。となると、拉致問題の解決など永遠に不可能であろう。

 今回のアメリカのシリア攻撃で明らかになったことは、トランプ政権のアメリカは安易な軍事行動をするということであり、北朝鮮に対して力による威嚇しか考えていないということだ。つまり、アメリカが北朝鮮に攻撃する可能性が出てきたということである。軍事行動には、合理性がなくてはならない。合理性のない軍事行動は、危険以外のなにものでもない。今の国際社会で、北朝鮮やイランよりも、アメリカが危険な国になっているのだ。トランプのアメリカは、北朝鮮を攻撃することについて、韓国や日本がどうなろうと知ったことではない。アメリカは勝手に北朝鮮に軍事挑発をして、そこから北朝鮮は韓国と日本に過剰な反応をするかもしれない。そうなれば、東アジアは混乱し荒涼となった中東化するであろう。

 そうならないためには、日本はアメリカとは違う外交戦略が必要になる。アメリカがこうなった以上、北朝鮮について、日本がロシア・中国との関係において対処すべき課題であると私は考える。しかしながら、この国には、とてもではないがそんな高度な外交能力はないのである。

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