August 21, 2016

天皇の「生前退位」

 「天皇」をどう考えるのかということは、ややこしい。

 遠い昔、日本列島の西の九州地方にあった、とある王権の族長として考えるか、後の日本列島の本州全域にまでを支配下においた大和朝廷の王として考えるか、12世紀に鎌倉に武家の政権ができた以降、もうひとつの公家の権威の代表者として考えるか、あるいは明治以後の大日本帝国の国体そのものであり、国家神道の祭司として考えるかで大きく違ってくる。さらに言えば、戦後の日本国憲法での象徴天皇としての存在もある。

 今回の天皇の発言は、ご高齢により天皇の職務を果たすことができなくなったので、その職責から離れたいということである。我々日本国民の多くは臣下の日本国民は、天皇の発言をしごくもっともな話であると受け止め、退位することになんの異議を感じてはない。ところが、法律ではそうしたことは想定していないので、法律を変えなくてならないということでもめている。「生前退位」を認めたくない人々がいる。

 おおざっぱに言えば、明治以前の二千年近くの年月の時代の天皇と、明治以後の百数十年の年月の時代の天皇は根本的に違っていると言えるだろう。明治以前であれば、天皇は退位しようと思えば、退位ができ、上皇になるのが当然のことであった。しかしながら、明治以後の天皇はそうしたことがカンタンに通る存在ではなくなった。存在ではなくなったというか、そういう存在にしたのが明治政府であった。

 徳川幕府を天皇の権威をもって滅ばした者たちは、政治が天皇の権威を利用することの威力を十分過ぎる程良く理解していた。徳川幕府を創設した徳川家康も、このことは知っており、幕藩体制の中に天皇を置いてきたのであるが、明治政府はそれ以上に、天皇を完全に政府の管理下に置くシステムを作った。天皇を徹頭徹尾、政治的、かつ宗教的な「記号」とし「機関」としたのである。その意味で、美濃部達吉の天皇機関説は正しかったと言えるだろう。

 戦後の日本もまた、基本的に明治政府が作った天皇のあり方を継承している。GHQの占領下にあった昭和21年に、昭和天皇はいわゆる「人間宣言」を行ったが、日本国民にとって、天皇が実際のカミではないことは、ある種当たり前のことであったので、これはなんの意味もなかった。GHQは天皇が自分はカミではないと言えば、天皇をカミとすることはなくなると思ったのであろう。これは唯一神の文化では正しいが、日本のカミ観念はそうしたものではない。GHQは、この本質を理解していかなった。

 しかしこのことは、つまり、天皇その人の自由意思では、天皇であることも、天皇でなくなることも、どうにもならないということを表している。今回の天皇のご発言は、天皇は自由意思を持つことができるのかということを政府と国民に問いかけたという、日本史上、かつてなかった初めてのことなのだ。

 今回のご発言では、摂政をおくことはしないと言われた。天皇を退位したいと言われたのである。今上天皇の退位とは、皇太子の天皇即位を意味する。そして、次の皇位継承者は、現在の内親王になるということになる。つまり、女性天皇になるということである。この女性天皇に親王ができたとしても、この親王は女系天皇になるということになる。今回のご発言があってもなくても、これは直面する問題であったが、ご発言により、この問題がいっそうの現実さをもって現れることになった。

 歴史上、天皇は男系が継承してきた。もちろん、女性天皇はあったが、その子が天皇になることはなかった。ただし、一部例外はある。飛鳥から奈良時代にかけて、女性天皇の娘が天皇になったことはあった。しかし、これは中継ぎのようなものとして考えることができるだろう。基本、男系が可能であったのは、いうまでもなく子供の数が多かったからであり、つまりは一夫一妻制ではなかったからである。しかしながら、だからといって皇室に複数の皇后や中宮をおくことは、今の時代では不可能である。

 では、宮家の男子から皇位継承者をつれてくるとどうなるであろうか。皇室においては、公開される情報は統制されているが、宮家は一般市民となんら変わりはない。今の世の中は、大衆ネット社会である。宮家から誰それという男性皇位継承者をつれてきても、その者のこれまでの素行や言動が調べられて、その情報はネットですぐに広がるであろう。そうなると、天皇の権威は成り立たなくなる。

 江戸時代、日本人の大多数は、京の天皇というものをあまり知らなかった。知らなくても、別に困ることでもなんでもなかった。天皇制を日本全国、津々浦々、植民地である台湾、朝鮮に至るまで普及させたのは明治政府である。さらに、天皇その人と国体を同一のものとしたのは、昭和戦前期の政府であり軍部である。もともと、鎌倉に武家の政権ができて以来、天皇は京都の、あるいは西日本の権威であり、それ以上のものでなかった。尊皇思想が日本全体を覆うものになったのは、ある歴史的な過程がある。その時代は過ぎ去った。

 上皇もあり得るように皇室典範を改正するのが、自然の流れであると思う。

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August 12, 2016

『太陽の蓋』

 先日、『太陽の蓋』という311原発事故のセミドキュメンタリー映画を観た。福島原発事故の時、官邸の対応をセミドキュメンタリードラマにした映画だ。

 官邸担当の新聞記者を主人公とし、震災発生の時のシーンと、2012年や2013年などの後日の取材のシーンを挟み、あの時、官邸ではなにがどうなっていたのかを描き出すストーリーになっている。311の時の政府の対応の内幕については、いくつかのノンフィクション本が出ているが、映画では始めてのことではないかと思う。

 福島原発事故は有事であった。有事であるということは、めったにない出来事であったということだ。基本的に、政治システムや法律体制は「めったにない出来事」に即応できるようになっていない。なんていったって、「めったにない出来事」なのだから。

 しかしながら、「めったにない出来事」とは「絶対に起こらない出来事」ではない。「絶対に起こらない出来事」ではない以上、起こり得るのであり、実際に起きたのが311であった。だからこそ、政府は混乱した。混乱するのが当然だ。問題は、どのように混乱したのかということである。

 この時の政府の対応の不手際を、民主党政権だったからとか、菅直人総理大臣であったからとかいう見方がある。しかし、どの政党の政権であろうと、誰が総理大臣であったであろうと、政府の対応はこうしたことになっていたであろう。政府にせよ、東京電力にせよ、この出来事に対して十分に対応できるようになっていなかったのである。何度も言うが、これは「めったにない出来事」を「絶対に起こらない出来事」としてきたが故の当然の姿であった。

 菅総理がヘリで現地を視察したことや東電本店に乗り込んでいったことについて、今でも批判の声が多いが、この時の状況を考えれば、総理大臣がああしたことをせざる得なかったと言えるだろう。たまたま、この時、民主党政権であり、総理大臣が菅直人であったにすぎない。

 この映画は、あの時、官邸でなにがあったのかを伝えようとしているだけではなく、あの時、マスコミの大多数はいかに「正しく」報道をしていなかったということを伝えている。あの時の民主党政権の対応を十分なものであったとは言っていない。この映画は、あの時、こうしたことがあったということを伝えているだけである。そして、この対応が良かったのかどうかの判断は、この映画を観る側に委ねている。

 福島原発事故については、今でもわからないことが多い。なぜ最終的に大惨事になることはなかったのかということは今だに解明されていない。この映画でも、なにがどう明らかになることはなく、とにかくあの時、政府は混乱し、情報は錯綜していたということしかわからない。

 しかし、実際そうだったのであり、これが事実であったのだろう。必要なのは、この出来事を振り返り、なにがどうであったのかという筋道を明らかにするということだ。未確認な情報、伝えられていない情報が錯綜していたあの時から5年がたった今、俯瞰した場所から振り返ることは重要なことであり、必要なことだ。本来は、この映画だけではなく、もっと多くの映画や本がこのことを扱うべきことなのである。

 私も含め、あの出来事を実際に体験していない者たちにとって、311はテレビの向こう側の出来事でしかない。だからこそ、映像や活字を通して、あの出来事を「体験」し続けていく以外に方法がない。

 また、政府の対応についても、数々の証言があり、この映画で描かれた内容が「真実」なのかというと、必ずしもそうではない箇所もあるようであり、このへんはさらなる調査が必要なのであろう。

 原発とは、戦後日本の国策であり、その背後にはアメリカの存在がある。いち首相、いち政権でどうこうできるものではなく、実際に民主党政権で脱原発に転身することが試みられたが、その後、自民党政権でまたもとに戻ってしまった。それほど、原発政策は、与党がどうこう、野党がどうこうということを超えた、この国の根幹の一部になっていると言えるほど大きく深いものなのであろう。だからこそ、原発について考えるには、多面的な視点が必要だ。

 この『太陽の蓋』が興味深いのは、その多面的な視点を持っているということだ。この映画の外伝とも言うべきスピンオフドラマ映像がYoutubeに挙げられている。

 この映像は、今日の時点で3本挙げられている。

 スピンオフ映像1は、ある記者が、自らの取材によって注水を止めたのは官邸の指示ではなかったという結果を、マスコミはなぜ広く伝えようとしないのかを問うものになっている。

 注水を止めよというのは、官邸の指示ではなかった、では、誰がそれを指示したのは藪の中になっている。しかし、結局、「注水を止めたのは官邸の指示だった」というデマが広がり、世論の民主党政権退陣の雰囲気の後押しのひとつになっていった。そして、マスコミは後にあの時の官邸の状況を知ったとしても、それを報道することはなかった。

 スピンオフ映像2は、原発を誘致した側には、誘致をした理由があるということである。たんなる反原発では、原発をやめることはできないということだ。

 このスピンオフ映像2を見て、『太陽の蓋』はこれまで観てきた様々な反原発映画とは違うものを感じた。原発を誘致する側にも切実な理由があるというであり、それに対して「正しい」異議を唱えても伝わらない。原発による地域の経済安定と、原発の持つ危険性を知る作業員の複雑な心情が出ている。

 スピンオフ映像3は、原発事故が起こると、その被害規模は想像を超える程大きいということだ。原発は、これだけの大きな被害コストに見合うものなのかという根本的な議論を、我々はしてこなかった。政府と電力会社がいう安全神話により、本来の考えるべき原発の本当のコストを正面から考えることをしてこなかった。

 『太陽の蓋』は、本編である映画と、この3本のスピンオフ映像でできていると言ってもいいだろう。映画館で映画を観て、それで終わりなのではなく、何度も考えなくてはならない。そのことを、映画本編とこの3本のスピンオフ映像は教えてくれるのである。

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July 30, 2016

2016年の民主党大会

 アメリカでは価値観の変容や有権者の人種・民族構成などの変化から、共和党は大きな変化を迫られていると書いてきたが、このことは民主党も同じだ。

 例えば、「同性婚」や「中絶問題」などは、今のアメリカは最高裁の判決もあり、当然の常識である価値観が確立されている。これまでは、民主党はそうしたことについて共和党との違いを主張することができたが、今の時代はそれらは政治争点にならない。そうなると、では民主党とはなにか、なにが共和党と違うのかという対立軸を明確に出すことができなくなってきている。

 もちろん、トランプの言っていることにヒラリーは反対し、民主党も反対している。しかし、トランプの言っていることは、トランプ個人が言っていることえあり、本来の共和党の主張ではない。このため、今回の大統領選挙では民主党は共和党と争うのではなく、トランプという人物と選挙を争うことになっている。

 ただし、トランプは共和党の大統領候補者であり、なぜそうなのかと言えば、トランプを支持する有権者が数多くいるということである。つまり、従来の共和党ではなくトランプを支持する人々がいるということだ。彼らはこれまでの共和党から取り残された人々であり、そうした人々が無視できない存在になってきたということである。だから、トランプは共和党の大統領候補者になり得た。

 このことは民主党も同じだ。だから、トランプはサンダース支持者に自分に投票してくれるように述べている。民主党もまた混乱と分裂の危機を抱えているのである。

 民主党大会でのオバマの演説は見事だった。この人の演説を聴いていると、問題が山積する政治課題を我々は団結して解決することができると思えてくるから不思議だ。この先もオバマが大統領を続けてくれないものかとすら感じてしまった。やはり、この人には理想主義者のカリスマがある。元々、左派の人権派弁護士だったこの人は、サンダースのようなラディカルな変革者であり、政治に「希望」を語る、アメリカ政治史上、最後の大統領になるかもしれない。現実問題として、民主党内にヒラリー嫌いの人々は多い。そうした人々にとって、今度の大統領選挙は「ヒラリー」に投票することは「ヒラリーを支する」ことではなく、「トランプを支持しない」「オバマが語るアメリカの希望」に投票するという意味になることをオバマの演説は伝えている。

 しかしながら、である。

 オバマの次に行われたヒラリーの指名受諾演説を見ると、オバマの演説を見た後であるからか、政治カリスマに欠けるように見える。これでサンダーズ支持者がヒラリーに投票するかというと、とてもそうとは思えない。かつてオバマの大統領選挙の時は、黒人が大統領になるということでのアメリカの有権者の底辺からの団結と盛り上がりがあったが、ヒラリーには女性初の大統領になるということでも、オバマの時のような底辺からの支持がない。一般有権者にとって、ヒラリーだと、どうしても不信感を感じてしまうからだろう。

 合衆国大統領選挙は残り100日に入った。支持率は現状では双方ほぼ同じだという。


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